オリジナル小説

【フリー小説】さつき波の都 #5 廃校探索ノ章1

さつき波の都

アラートが鳴った。

スマホを寝ぼけ眼で見る。
七時。
間違えてスヌーズを押さないように指を滑らせる。

夢……じゃなかったか。

割れた窓ガラスを見る。
どこか遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。

後ろを振り返ると、長い袖のパジャマを着た女子高生がすやすやと寝息を立てていた。
端正で滑らかな顔立ち。
まるで人形のようだ。

もう少し、寝かせよう。

何も慌てる必要はない。
時間はいくらでもあるのだ。
学校も、宿題も、いまいましい受験も、何もかもなくなったのだから。

オサムが出発に向けてリュックに荷物を詰めていると、隣から起き上がる気配がした。

彼女は目をこすり、こちらを見る。

「ん……? アダチくん……?」

どうして私はオサムと一緒にいるのか、不思議でしょうがない。
そんな感じだった。

脇から冷や汗が出た。

もしかして、また記憶が無くなったのか?
明日になると記憶が消える少年の映画が頭に浮かぶ。

イブキは能天気にあくびをして、外を見た。

「そっか。《ポストエデン》、だったよね」

いつものように白い歯をちらりと見せた。

オサムは胸を撫で下ろした。
どうやら寝ぼけていただけだったらしい。
心臓がきりきりと傷んだ。

「朝ごはん食べたら、出発するよ」
「うんっ。歯磨いてくるー!」

わー、と子どもみたく無邪気に走るイブキを見て、思わず愛おしくなる。
これが母性ってやつか。
いや、父性か?
……いや、何を考えているんだ僕は。

二人は朝ごはんを食べ終わると支度を済ませ、玄関を出た。

外は快晴だった。
五月中旬ぐらいだろうか。
見上げても見下ろしても新緑で満たされている。

深呼吸をする。
草の香りがした。

「準備万端! レッツゴー!」

イブキは右手を掲げて先陣を切った。
今日もはつらつとしている。

「あっ」

気づいたように小さくつぶやくと、こちらに振り向いた。

「……?」

「今日もよろしくね。安達くんっ!」

白く滑らかな手のひらを差し出す。

オサムは呆然とした顔を笑顔に変えて、その手を握り返した。

「なんだ。こちらこそ」

朝の日差しがより輝いて見えた。


「ダメだって!」
「いいじゃん、ちょっとくらいー」
「ダメ! 食料少ないのわかってるだろ?」
「ああ。死ぬ。お腹減って死んじゃう」
「はあ……」

頭を抱えた。
あの勢いは一体どこへ?

「少なくとも昼までは我慢してくれよ。学校に何かあったら、それ食べていいからさ」

オサムたちは一度、学校に戻ることにした。
自分たち以外にも残っている生徒がいるかもしれないという希望、そして今後生きていくための情報を得るためだった。

「もし我慢できなかったら……?」
「もし我慢できなかったら……」

オサムの顔に暗い影が落ちる。

「そのときは、おまえを食べてやるからなああ!」
「それって、下ネタ?」
「っ!? い、いや、ちがうし。そういう意味じゃないから」

思わぬ返しでツンデレのようになってしまった。
イブキはにやにやしながらこちらを見てくる。
なんかムカつく。

とはいえ、食料が少ないのは事実だった。
それに学校に食物が置いてあるとは思えない。
非常用を期待するだけだった。

「……とにかく、僕は図書館で何か使える本を探すから、イブキは生存者、ついでに食料を探してほしい」
「りょーかい! ……あっ!」
「どうした?」
「最初に、職員室に寄っていい?」
「そうだね。先生たちもいるかもしれない」
「そうじゃなくて、マサヤンのうわさを確かめたくて」
「マサヤン……?」
「えーと、ほら、本名なんだっけ……。国語の先生だよ」
「ああ。井上先生?」
「そうそう。井上雅孝先生。メグミンと恋仲のうわさだったんだー」
「メグミン……?」
「本名は……ああっ。メグミンは、メグミンだよっ!」
「そんなこと言われても……」

今までイブキとそんな会話をしたことがなかったので、よくわからなかった。

「保険の先生だよっ!」
「わかったよ。なんか、ごめん」
「それで、マサヤンの机に二人の写真が置いてあったって、コジコジが言っててさー」

もう、スルーしよう。話が進まない。

「安達くんも来てよ」
「ええ……」

正直、そういううわさには興味がない。教師の恋愛を知ってどうするんだ?

「証人として、ね?」
「うーん……。わかったよ」

明日の食料もままならないというのに……。
まあ、ちょっとくらい大丈夫か。

会話もそこそこに、学校にたどり着いた。
学校というより、廃墟に近い。
壁がもろく崩れ、草木がはびこっている。もうあの頃の校舎ではない。

上履きに変える必要はないのに、普段の癖で下駄箱に向かう。
長年の影響で錆び付いていた。

「職員室、だったよね」
「うん」

二人はそのまま、職員室に足を運んだ。

ABOUT ME
ぱっちー
自己啓発書大好きSIer(週2、3冊は読みます)。 毎日を良くするための研究を続けて早3年。 自分の自己啓発書を出版するのが夢。 感謝と恩返しの気持ちをいつも胸に。