感動したい

【フリー小説】朝顔

朝顔

 男は朝が苦手だった。毎朝出発ギリギリの時間に目覚め、その度に慌てふためいていた。二度とこのようなへまはするまいと誓うが、酒におぼれ眠れなくなるのであった。そしてこのような生活を続けているうちに、ついには学業に支障をきたすようになってしまった。
 ある朝、男はふと目を覚ました。昨晩は自分の自制心のなさに嫌気がさして、やけ酒にはしっていたにもかかわらず、その日は不思議と頭がさえ気分がスッキリしていた。体を起こし窓のほうを見てみると、空が白み始めている。
「あんなに飲んでいたのに、不思議なこともあるものだ。ひとつ、散歩に出かけよう」
 男は外行きの格好に着替え、散歩に出かけた。空気が冷たくて、透き通っていて、町全体がいつもと違っているように見えた。早起きはなんと、気持ちのいいものか。男は気分がよくなった。
 曲がり角を曲がると、神社が見えた。こんなところにあっただろうか。男は不思議に思って、神社のもとに近づいてみた。すると入り口のそばに、たくさんの朝顔が咲いているのが見えた。広い網に巻きついた朝顔は、青、赤、紫などどれも色とりどりで、そしてどれも立派だった。朝顔に見入っていると、奥から神主らしき人が出てきた。
「いかがです。立派でしょう」
「はい、それはもう。朝早く起きるのが久しいものでしたから、これほどなものに気づきませんでした」
「実はこれは特別でして、この蜜を寝る前に飲むと、その夜は安らかに眠ることができるのです。あなたの様子を見ると、睡眠に困っていらっしゃるようですから、一株分けて差し上げます」
「なんと。それはありがたい話ですが、一体おいくらなのですか」
「お代はいりません。朝顔を使い切ったとき、もう一度この時間にお越しください。それだけで十分です」
「ありがとうございます」
 神主は朝顔の一つを網から丁寧に外し、小さな鉢植えに植えかえた。そして、男に鉢植えを渡した。
「朝に開いた花をつんで、その夜に花の蜜を吸ってください。つみ過ぎも、つみ忘れもいけませんよ」
 そして神主は笑顔でおじぎをし、そのまま奥へと帰ってしまった。
 その姿を見届けると、男は朝顔のほうを見た。どうにも信じがたいが、損することはあるまい。男は鉢植えを持ってそのまま、帰宅することにした。
 その日の夜。男はまた酒を飲んで帰ってきた。そのままベッドに倒れこむと、ふと今朝のことを思い出した。男は寝るのを少し我慢し、机のもとに向かった。そこには今朝つんだ朝顔の花が置いてあった。男は花を持ち、根っこの部分から蜜を絞り出すとそれをすすった。
「これで、朝起きられるようになったら苦労しないが」
 男はそうつぶやき、そのまま寝てしまった。
 ふと目がさめたとき、遠くのほうから鳥の鳴き声が聞こえてきた。もしやと思い、隣の時計を見てみると、昨日ぐらいの朝早い時刻だった。男は驚いた。またしても早起きができたのだ。そして不思議と眠くなかった。普段の生活を考えると、男にとってこれは信じがたいことだった。
 その日から男の生活は一変した。朝きっかり五時に起きると、きれいな朝顔の花をつみ講義に向かった。しっかり酒を飲んで帰宅したあとは、朝顔の蜜を吸って寝床に入り、翌朝はまたきっかり五時に起きるのであった。そのうち、男の落ち込んだ成績は回復のきざしを見せ始めた。
 ある夜。男はせっせと資料を作っていた。明日の朝に講義で発表会があるのだ。教授に自分の学を見せつけるチャンスだ。資料が完成するまで、寝ることは許されなかった。しかし、いよいよ資料が完成するかと思われたとき、男は急激な睡魔に襲われた。男は最後の力を振り絞り、なんとか資料を完成させたものの、朝顔のことなどすっかり忘れてそのまま眠りに落ちてしまった。
 翌朝起きると異変に気づいた。外が妙に明るい。慌てて時計を確認すると、もうすぐ講義が始まる時刻だった。
「しまった。遅刻だ」
 男は大慌てで準備を整えると、すぐに家を出た。なんとか講義に間に合ったものの、その発表は見るも無惨だった。
 男はやけ酒におぼれた。寝坊の原因が昨夜朝顔の蜜を吸わなかったことなのは、すぐにわかった。今夜からは必ず忘れずに飲もうと心に誓った。
 就寝前、昨日につんだ朝顔の花をいつものように絞り、その蜜を飲もうとした。しかし、蜜はまったく出てこなかった。不思議に思って、花のなかをよくみると蜜が枯れているではないか。先日神主がその日つんだ花を吸うように言っていたのはこのことか。
「待てよ」
 男は気づいたように慌てて、花が咲いていないつぼみの朝顔をちぎり、その蜜を出そうとした。しかし、そのかい虚しく蕾はただつぶれるだけだった。
「蜜は早朝にしか取れないとなると……」
 男の顔はみるみると青ざめていった。
 あくる日の朝。神主は日課である神社の掃除をしていた。入り口の誰にもつまれることのない朝顔は以前よりも豊かさが増し、その味気ない神社をいろどらせていた。

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ぱっちー
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