感動したい

【フリー小説】さつき波の都 #4 再会ノ章3

さつき波の都

オサムの家は他の建物の例に漏れず、ひどい有様だった。

ベランダの窓は割れ、ツタが伸び、庭に雑草が生え散らかしている。

学校に通っているときは自宅など意識していなかっただが、こうして変わり果てた姿を見ると心苦しいものがある。

路地の奥から生暖かい風が吹いた。
隣のイブキが安達家をじっと見つめている。
その顔に天然の面影はなく、まさしく真剣そのものだった。

彼女は隣の視線に気づいたらしく、こちらににんまりと白い歯を見せた。

「じゃ、行こっか」

オサムが玄関の取っ手に手を掛ける。
鍵はかかっていないドアを恐る恐る開ける。
万が一、誰かがいたら……。

しかし、その気配はなかった。
ほこりが溜まり、静寂に包まれている。

「こんなところに人が住むわけないよなあ……」

ほっとため息をついた。
しかし、不法侵入者でも誰でもいいから、誰かいてほしかったという思いもあった。

明かりをつけようとスイッチを押す。
点灯しなかったので何度も消したり付けたりする。

「……あっ。そうか」

もちろん電気が通っていないので、明るくなるはずもない。
なんだか恥ずかしくなって、ごまかすようにポケットからスマートフォンを手に取る。
スマホは無事だった。
ライトがまぶしくあたりを照らす。

彼女もカバンからスマホを取り出すと、口を開いた。

「安達くんの家族って?」
「父さんと母さん、兄さんと僕の、四人だよ」
「そう。もし、みんな生きていたら、どこにいると思う?」
「……わからない。どこか避難場所があって、そこで暮らしているかもしれない。でも、もしここが異世界とか未来だとしたら、存在すらしていないかもしれない」

異世界転生とか、タイムスリップとか、そんな可能性を考えるなんて……馬鹿げている。
しかしそれほどまでに、この状況が馬鹿げていた。

家族の生死もだが、この世界について何もわかっていない。
建造物が廃墟と化し、それと入れ替わるように草木が美しく生い茂る世界。

もしかすると、これは夢なのかもしれない。目が覚めると、いつもの生活に戻っているのかもしれない。悲しいことに一番現実的なのは、この夢オチだった。

「……」

不安そうに下を見るオサムを見て、イブキは前を向く。

「きっと、みんなどこかで生きているんだよ。とりあえず、食べ物探そ」

凛として希望に満ちた声。
そうやって彼女は僕のみならず、クラスのみんなを元気付けてきたんだ。

そう、大丈夫だ。
今の僕にはイブキがついている。
不安が消えた気がした。

「そうだね」
「じゃ、食料探索部隊、出動!」

おー、と一人で掛け声をあげ、目の前の階段から二階に上がった。
食料を探すのなら、まずは台所だろう。
二階には何もない。

「おーい! 二階に食料なんかないぞー」
「そう? 見なきゃわかんないからねえ?」

にやりと意地悪な笑みを浮かべた。
こいつ、僕の部屋を覗きたいだけなのでは?

「ちょ、僕の部屋には何もないからっ!」
「ここかっ!」

ドアを勢いよく開く音。その後に、「きゃあ!」という悲鳴が聞こえた。
オサムは飛び出した。

もしかして、侵入者か!?

足を必死に動かして、廊下に座り込む彼女の元へ行く。

「どうした!? 大丈夫……」
「こ、これ……」

彼女が指さす方を見た。

「え!?」

見ると、オサムの部屋は跡形もなく消えていた。
床はすべて落ち、外壁にわずかに残る程度。
そして、一階の居間は瓦礫の山で覆い尽くされていた。
玄関にいたときはふすまで気づけなかったのだ。

もし勢いよく部屋に入ろうとしていたら  

「……二階の探索は危険だ。やめておこう」

イブキの手を取り、彼女を立ち上がらせると一階に下り、二手に分かれて慎重に探索を始めた。

オサムは手始めにツタがからまった冷蔵庫を強引に開けた。
開けた瞬間、中の異臭が鼻を突き刺す。
食料はほとんど腐っていた。
大丈夫そうなのは、未開封のジュース缶やペットボトルくらいなものだ。
それらを手に取ってみる。

待てよ。

オサムは水の賞味期限を確認した。
もしかしたら今が西暦何年なのかわかるかもしれない。

しかし、賞味期限は二年後。
水の賞味期限は一般的に二年くらいだから、元の世界と変わらない計算だった。

あごに手を当てて考える。

ぱっと思いつく可能性は二つ。

一つは、僕たちがいた世界から一瞬で人類が消えて、数百年経った世界。
もう一つは、元の世界と同じ時間軸で一瞬で人や物が崩壊した世界。

可能性が高いのは、やはり前者……?
わからない。

謎は深まるばかりだった。
手に持った水をくるくると回す。

「……というか、この水飲んで大丈夫なのか?」


オサムは収集品を見て、腰に手をついた。

「たったこれだけか……」

水のペットボトル四リットル分。ジュース缶二つ。乾パン六缶。フルーツゼリーひとつ。

結局、安達家にあるものをすべてかき集めてこれくらいだった。
二日もつかどうかと言ったところか。

「なんほか、なふよー」

イブキの方を見て、ぎょっとする。
彼女は空の容器を持って、口いっぱいにゼリーを頬張っている。

「おーい! 貴重なフルーツゼリー!!」

彼女はゼリーをごくりと飲み込む。

「一個くらい、大丈夫だって」

訂正しよう。これは二日もたない。

本当にこいつが学年トップの天才なのか?
オサムは頭を抱えた。

そのまま夕飯にすることにした。
イブキは懲りずに乾パンを一缶開けようとしている。

「おまえ、それ半分だからな」
「えー」

棒読みでそのふたを開けた。
不安だ。

オサムは乾パンを一つ一つかみしめつつ、言った。

「元いた世界とこの世界、ややこしいから名前をつけたいけど、どう?」
「うん。どうする?」
「じゃあ、元いた世界を《エデン》、ここの世界を《ポストエデン》って呼ぼう」
「ふーん」

乾パンを頬張る手を止め、くすくすと笑った。

「そっか。私たちはエデンの園から追放されたってことだね!」

彼女はおそらく冗談のつもりだが、苦笑いしかできない。
彼女と再会できたのは、そのおかげでもあるのだ。

「ま、まあそんなところだ。それでイブキは《エデン》のこと、どこまで覚えてる?」
「うーん。模試があるから、ちょっと早めに家を出たところまでかな。
それで気づいたら、目の前に安達くんがいたんだー。それで……」
「わかった、わかった。その後は知ってるから」
「安達くんは?」
「僕は……」

思わずうつむいてしまった。

最後の記憶が自殺だなんて、口が裂けても言えない。
イブキのことも同様だった。
加えて、僕が三年生であることも隠したい。

「僕も似たようなものだよ。理科の授業中に目まいがして、気づいたら理科室に倒れていた」
「……そうなんだ」

彼女の興味はすでに氷砂糖に移っていた。
懐中電灯の光に透かして遊んでいる。
内心胸を撫で下ろした。

電気もガスもないので風呂を沸かせるはずもなく、僕たちは被害が少ない部屋を片付け、寝巻きに着替え、布団を敷いて寝ることにした。

ほとんどの寝巻きは虫に食われたためか、ボロボロになっていた。
無事なのは、僕と父さんの二つだけ。
サイズ的に僕が父さんのを、イブキが僕のを着ることにした。

僕と父さんの背丈は似ているので、違和感はない。
しかし、彼女の身長は小さいので、僕の寝巻きを着るとブカブカになった。
それがおかしくて二人で笑っていた。

懐中電灯を消す音が聞こえた。
「おやすみ」
「おやすみ」

割れた窓から涼しい風が入ってくる。
思い返せば、今日は波乱の連続だった。

イブキの死。
『禁断の果実』で自殺。
新世界《ポストエデン》。
そして、イブキとの再会。

隣でイブキが呼吸をしている。
その事実だけで、どれだけ世界が素晴らしく思えたか。

しかし、一生二人、というのも心細かった。
何もないこの世界で生き抜かなければならない。
果たして今まで何不自由なく暮らしてきた僕たちにそれができるのだろうか?

とても、不安だった。

だからといって《エデン》に帰っても、死んだ状態に戻るだけなのでは?
それは彼女も同様だ。

とても、絶望的だった。

思わずつぶやく。

「……僕たちは、みんながいた世界に戻れるかな」

なんでもいい。
何か言って欲しい。
神をもすがる思いだった。

しかし、その答えが返ってくることはなく、刻々と夜は更けていくばかりだった。

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