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ひとり、社長室の窓際に立って外を眺めていた。
人が働き蟻のように、わらわらと地面を這っているのが見えて、思わずその顔がにやける。
「……どうだ? 計画は順調か?」
後ろを振り向かずに言った。
「ええ、今のところ順調でございます」
艶やかで麗しき女性はその場を微動だにせず、淡々とした口調で答える。
「……異分子はじっくり消していかんとな」
手のひらを掲げ、窓越しにそれを握りつぶした。
卓はライターで線香に火をつけ、前に立てた。
独特の落ち着いた香りが漂い始める。
一歩引いて、「去戸家ノ墓」と書かれた石碑の前にそっと手を合わす。
隣で鼻をすする音。
麻衣はすでに目を閉じて祈っていた。
「お父さん……」
麻衣の父、去戸龍二は二年前に亡くなった。
アルコール性肝炎。
日々の飲み過ぎが原因だったそうだ。
卓はそれ以来、アルコールを避けるようになった。
龍二の命日だった。
残業続きで忙しかったものの、この日だけは有給を取っていた。
麻衣の隣を見る。
龍二の妻、去戸凛が静かに手を合わせていた。
親しき者はいつか、死ぬ。
そして、自分も。
龍二は周りを明るくする天才だった。
初めてあいさつしにいったときも、他人とは思えないほど息があった。
決して健康な人生とはいえないが、思いのまま生きる人生というのも悪くないのかもしれない。
彼には人間らしさが感じられた。
自由でいい、気ままでいい、好きなようにすればいい、そういう希望を持たせてくれた。
オレも、大切な人に希望を託して死にたい。
手を合わせて願う麻衣を見つめながら、そう胸に誓った。
「今日は向こうに泊まらなくてよかったのか?」
「まあ、近いからね。いつでも会えるし」
「それはそうだが……」
二人は帰りの電車に揺られていた。
麻衣の実家の最寄駅は電車で小一時間くらい。
そこから車で三十分くらいかかる。
「あっ!」
「どうした?」
「財布、そろそろ買ってもらわなくちゃ」
「ああ、そうだったな」
「いつにする?」
「そうだな……来週の日曜日でいいか? 麻衣の誕生日を少し過ぎてしまうが」
「おっけー。ヒマだし、いつでもいいよ」
「じゃあ、よろしく」
麻衣は専業主婦だった。
しかし、全く稼ぎがないわけではなく、ライターとしてお小遣いをもらっていた。
いわゆる、クラウドソーシングというやつだ。
家計管理も彼女がやっていた。
「ふう。我が家はやっぱり恋しいですなあ」
帰宅した麻衣は、ソファにぐったりと倒れた。
思わず笑いがあふれる。
「オレ、シャワー浴びてくるよ」
卓は郵便受けに入っていた封筒をテーブルに置くと、風呂場へ向かった。
封筒には送り主も何も書かれていない。
どうせ、ろくでもない勧誘とかだろう。
そう思っていた。
卓が風呂場で服を脱いでいると、
「ねえ! ちょっと!」
麻衣の叫びが聞こえた。
何事だ?
廊下を駆ける音が聞こえたかと思うと、引き戸が思い切り開けられた。
がん、と勢い余った扉が反対側に当たる。
麻衣は肩で息をしていた。
卓は呆然とする。
「ど、どうし 」
「これっ! どういうこと!?」
顔面スレスレに写真を掲げた。
思わずのけぞり、それを見た。
その瞬間、悪寒が背筋を伝うのを感じた。
麻衣からその写真を奪い取る。
「これは……!」
写っていたのは男女、卓と中川だった。
中川とその肩にかつがれた卓が、二人でマンションに入っていく様子。
「その人、だれ?」
すっと、血の気が引いた。
とっさに口を開く。
「ええと……この人は、中川さんと言って、社長の秘書で、食事に誘われたんだ」
「ふうん……二人きりで食事……ね」
「いや、向こうから誘ってきた」
「二人きりは否定しないんだ……」
「う……」
「……」
麻衣の顔に影が落ちた。
卓の手からすっと写真を抜き取ると、リビングの方へ向かう。
くそ、誰の仕業だ!
こんなことして一体何になる!?
歯ぎしりをして、その後を追いかける。
その後、彼は一晩かけて彼女に事態を説明するはめになった。