感動したい

【フリー小説】毒酒 #5

毒酒

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最近流行りのアニメの主題歌を口ずさみながら、改札を出る。
手から提げている紙袋には数十冊ものマンガが入っていた。

「確か、あっちだったよなー」

以前の記憶を頼りに、ゆっくりと商店街を歩く。
休日なだけあって、子連れで歩いている人が多い。

とおるは紙袋をのぞき、ぶつぶつとつぶやいた。

「あれも、ある。これも、ある。よし、全部ある!」

マンガはすべて、すぐるから借りているものだった。
新人研修の頃に借りていたことを数年の時を経て思い出し、返す気になったのだ。
もちろん、律儀にすべて読み終わっている。

「おおっと!」

自転車が目の前を通る。
ちゃんと前を見て歩かねば。

商店街を抜けると、人だかりが一段と減った。

しばらく道路沿いを直進し、角を曲がった。
遠くに白いマンションが見える。
透はその懐かしさに胸がしびれた。

ふと、黒色のセダンがそのマンションの前にとまり、助手席からひとりの女性が降りるのが見えた。

「あれは……?」

目をじっとこらす。

見たことがある雰囲気だった。
枝垂れ桜のように滑らかな髪。
一挙手一投足に上品な振る舞いが感じられる。

「秘書の人……?」

社長秘書だった。
名前は覚えていない。
その手には何やら黒いパンフレットのようなものがあった。
こんなところに何用だろうか?

秘書は白いマンションの裏側へ向かった。
透は黒のキャップを深く被り、その後を追う。

彼女は郵便受けの前で立ち止まったかと思うと、そのひとつにパンフレットを入れた。

透は先日、卓と秘書が応接室から出てきたのを思い出した。

まさか……これは、とんでもないスキャンダルでは?

透の目が光る。
そのままパパラッチのごとく、写真を撮りたい気持ちになったが、やめた。
彼女に気づかれそうだったからだ。

秘書がこちらを振り向き、向かってくる。
まずい、気づかれる。
透は慌てて、遠くへ逃げた。

車に乗った社長秘書を見送ると、透は郵便受けに戻り、その位置を確認した。

「603号室。やっぱり、卓の部屋だ」

透の顔がにやついた。
これは面白いネタができたぞ。

表玄関から入り、部屋番号を押す。

ピンポンという微かな響きの後、

「はい、どちら様でしょう?」

若々しい女性の声が聞こえた。
卓の声を期待していたので少し驚いたが、すぐに彼の妻だと気づいた。

「卓の同僚の新垣ですー。借りていたものを返しにきました!」
「あらっ! それは、どうもありがとうございます。どうぞ中へ」

隣の自動ドアが開く。
声を聞く限り、なんだかいい人そうだ。

「突然お邪魔したのに、お茶まで出してくれて……。ほんと申し訳ないっす」
「いえいえ、律儀にここまできてくださったのですから」
「大したことないっすよ。じゃあ、卓にはよろしく言っといてください。また明後日会いますけど」
「はい。至らない主人ですが、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」

卓の妻、麻衣はぺこりと頭を下げた。
それにならって、透も頭を下げる。

下りのエレベーターで、透はひとりつぶやいた。

「まるで、ユリのような人だな」

入り口で抱いた印象は間違っていなかった。

ぱっと白く輝く、上品で、可憐なユリ。
花のことはよくわからないが、彼女の振る舞いを見ていると直感的にそう感じた。

そして、言葉にはしなかったものの、彼女たちの愛は幾重にも重なり、強い絆のヒモで結ばれていることもわかった。
二人の仲はそう簡単に、はがれるはずがない。
誰が邪魔しようとも。

透は秘書との関係を面白いネタだと、つい先程まで笑っていた自分を恥じた。

  しかし、それにしても。

透は卓の顔を思い浮かべた。

「卓は大丈夫なのか……?」

透が自宅に来ていたとはつゆ知れず、オフィスの卓は血眼で作業をしていた。

休日出勤。
不可抗力の部分もあったが、自ら進んだ部分もあった。

「二百万。これで穏便に済ませてやる」

大久保の言葉がよみがえる。

オレははめられたのだ。
中川の思惑にまんまとはめられた。

あの日。

オレを無理に酔わせたのは、判断力を鈍らせるためだった。
そして、トイレなどの不在を見計らって財布を盗んだのだろう。
元から領収書の話をすることは計算済みだったというわけだ。
領収書をちらつかせたのは、それが元からオレの財布入っていたレシートだと気づかれないようにするため。

そして、手元の実際の領収書を使って、横領の罪を着せた。

動機はわからないが、それしかあり得ない。
そして、もう二度と、あいつには関わるまい。

血が煮えくりかえる思いだった。
こんなクズ会社、こちらから願い下げだ。

しかし、自分勝手な判断で麻衣に心配をかけてはならない。

幸い、貯金はあった。
取り崩すことは簡単だ。
問題は、崩れたものを取り返すことだ。
これくらい、残業を増やせば一年でなんとかなる。
そう、一年間この生活を続ければいいだけ……。

うつろな目を頭を振って正気にさせ、止まっていた手を動かした。

自分が徐々に亡者へ近づいていることを、彼自身は知らない。

 

卓はベッドに腰をかけた。

ベッドのそばには、透が返してくれたマンガ一式。
後ろでは麻衣がすやすやと息を立てて寝ている。
照明に照らされた彼は、黒いパンフレットを手に持っていた。

表面は真っ黒で、何も書かれていない。
それを、用心深くそっと開く。

  

豪勢な広間。
赤と黒のルーレット。
山積みのチップ。

カジノの招待状だった。

左の案内文と右のアクセスマップは表面のどす黒さと対照的に、白地に金や銀できらびやかに彩られている。
中央には金と黒の会員証と思わしきカードが一枚貼られていた。

見るからに怪しかった。

「……馬鹿馬鹿しい」

あなたは当選しました!
というスパムメールと一緒だ。

それに、オレはギャンブルには全くといって興味がない。
主催する方が必ず得をするようになっているのだから当然のこと。
コツコツと積み重ねる方が賢いに決まっている。

卓は鼻で笑うと、近くのゴミ箱に放り込み、そのまま眠りについた。

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ぱっちー
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