感動したい

【フリー小説】酒飲みのシンデレラ

酒飲みのシンデレラ

ちょっと待って、順番に話すから。落ち着いて。

あの頃の私は、もうすぐ結婚を考える年だというのに、どうして良い人が見つからないのかしらと思っていた。今思うと、私が良い人じゃなかったからなのね。お酒の場になると、少しばかり調子が良くなっちゃうの。確かにそれで、周りに迷惑をかけることはよくあったけど、少しは多めに見てもらってもいいじゃないと思ってた。女は少しお茶目なぐらいが、かわいいものだから。

そんな中、さすがに言い訳が効かないくらい、ひどい日が待ち受けていた。その日は一日中、体の調子が悪かったの。みんなにもあるよね。特に理由もないのに、絶望を感じる日が。その日はまさに、そういう日だったの。友達に誘われた飲み会は、できれば行きたくなかった。でも今回はアタリだ、って聞いていたから。仕方なく、行くことにしたの。あ、人のせいにするなって、ごめんごめん。

とにかく、行くからには発想を変えて、最初から調子が悪かったら、悪酔いはしないだろうと考えた。けど、それは甘かったのね。誘われたお店とお相手が、最悪の自分のコンディションを超えるくらい良かったの。体調のことなんて、すっかり忘れちゃったわ。結局、その雰囲気に飲まれて、お酒にも飲まれて、最後の最後に思い出したかのように気分が悪くなって……。そのあとは、まあ、なんとなくわかるわよね。

友達に自宅まで送ってもらった後、私は自分の頭の悪さに嘆いたわ。私、何してるんだろうって。そう思うと、自然と嗚咽が止まらなくなった。ずっとずっと、その場で泣いていたわ。

どれほどたったのかわからなかったけれど、窓をノックする音に気がついたわ。私の部屋は二階だから、人がそう簡単にこれないはずなのだけれど、私は何も考えず窓を開けたの。そしたら、男の子が立っていたわ。身の丈に合わないはずの黒いスーツをきれいに着こなした、小さな少年が大きな満月を背に、立っていた。今考えると、この子は誰なのか、どうしてそこにいるのか、訳がわからないのだけれど、自暴自棄になっている私はぶっきらぼうに「何」ってたずねたの。そしたら、その少年は言った。

「いい加減、泣きやめよ。オレの立場を考えろ」
「君には、関係ないでしょ」

私は、そのまま窓を閉めようとしたの。すると少年は、窓を無理矢理押さえこんで

「関係ないことはないだろ。いいか、オレと取引しろ」

って言うの。子供のくせに生意気よね。それ以前に、君誰って話なんだけど。

「取引って何」
「取引は、取引だ。しばらくおまえに、酒におぼれない力を与えてやる。これを使って、自分の結婚相手を探せ。ただし、その力は夜の十二時までだ。それ以降、酒を飲むというのなら、そこの記憶ぜんぶ奪うからな」
「ちょっと待って、どういうこと」
「どういうことも、そういうことだ。契約するかどうか、イエスかノーで答えろ」
「え、ちょっと」
「ほら、三・二・一……」
「イ、イエス」
「オッケー。じゃあ、交渉成立だな。二度とオレの前で、泣くんじゃねえぞ」

そう言うと、その子は窓をピシャリと閉めた。急いで窓を開けると、その子はすでにいなくなっていて、大きな満月だけが残っていた。もしかしたら、さっきまで夢を見ていて、私は満月を見るために窓を開けたのかもって思った。

それからというものの、私は不思議とお酒に強くなっていった。今までの体たらくが、嘘だと思うくらいに。でも強くなった、というのは語弊かも。飲んでも飲んでも、まったく酔わなくなったという意味じゃなくて、お酒を正しく楽しめるようになったという意味。調子に乗って飲みすぎるということがなくなって、いい意味で抑えられるようになったの。お相手に強要されても、ちゃんと断れるようになった。今までより、ずっと自制心が強くなっていったの。

お酒に従順だった私がすっかりと変わったものだから、多くの人たちが離れていったわ。その結果、友達が減っちゃったけど、残ったのはみんな、魅力的で面白い人たちだったの。人付き合いは量より質なんだって気づいたのは、その頃ね。出会う人のタイプも、次第に変わっていったわ。

そして、ある会食のこと。会食って言ったけど、この頃から私は飲み会じゃなくて、会食に呼ばれるようになっていたの。いろんな企業のすごい人たちが、今後の政治やビジネスについて話し合っているの。最初は何のことだか、さっぱりだったけど、次第になんとなく分かるようになっていったわ。

私はその会食で、今まで会ったことのないタイプの人に会ったの。私は直感で思ったわ。この人と一緒になるかもしれないって。

「お酒のほうは、いかがですか」
「この赤ワイン、とてもおいしいです。飲みやすいのに、不思議と深みを感じるの」
「それは、よかったです。このワインは、本場フランスのボルドー地方のものなのですよ」
「そうなのですか。私、そこまでお酒に詳しくなくて。よかったら、もっと教えていただけますか」

その人はお酒に詳しくて、私が知らないことをたくさん知っていて、それでどの話も面白かった。彼もまた、私の今まで飲んだお酒の感想を聞いて、すごく嬉しそうだった。こんなに楽しい気持ちになったのは、久しかったわ。できればずっと、このまま話を続けたかった。でもその時は、やって来た。フロアの時計を見るともうすぐ、十二時になりそうだったの。

「あの、すみません、私、そろそろ帰らないと」
「そうですか、もう少しお話ししたかったですが残念です。せめて……」

私は彼の話を最後まで聞かず、急ぎ足で外へ向かった。黒いスーツの少年の「十二時以降の記憶をすべて奪う」という言葉が耳から離れなかったの。後から走ってくる足音が聞こえたけど、人が多かったものだから、すぐにかき消された。

そのあと、十二時を知らせる時報が鳴ったことは覚えているんだけど、そこから朝まで記憶がないの。あの子が言っていたことは本当だったみたい。ここからは聞いた話になるね。

会場から出てタクシーに乗ると、あの人が後を追うように飛び出してきて、大声で私に叫んだの。

「大宮健二といいます。弁護士しています。またどこかで、お会いしましょう」

私も返事をしたかったのだけれど、もうタクシーが出発してしまっててできなかったわ。

それからというものの、私はあの人を探し回ったわ。でも覚えているのは顔だけで、名前も、職業も、それ以外は何も思い出すことができなかった。覚えている顔を必死に描いて、訪ねて回ったりしたけどダメだったわ。私は悔しかったけど、あきらめてしまった。顔の情報だけで、人を探せると思うかしら。

そして数ヶ月たった日のこと、仕事場の受付の方からお会いしたい人がいるとの連絡があったの。私は裏で事務をしていたから、めったなことでお客様と会うことはないのだけれど、まさかと思った。

急いでフロアに向かうと、そこには彼がいた。その手は汗びっしょりで、私に似ても似つかぬ似顔絵を持っていた。彼はひとつ、大きな深呼吸をして言った。

「ようやく、お会いできましたね」

涙があふれてきた。あのときの絶望の涙とはまったく違う、胸が心底熱くなる涙だった。彼は困ったように笑って、私の手をとった。

「あの日の続きを話しましょう」

……これが私と夫の馴れ初め。驚きでしょ。うん、確かに夢かもと思ったけど、どうやら違うみたい。今年息子が三歳になるんだけど、なぜか黒いスーツがとても似合いそうなの。

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ぱっちー
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