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【フリー小説】白雪姫と七人のオタク #3 カズキ – 茜色の記憶編2

白雪姫と七人のオタク

カチャリ

鍵を開く音。カズキは自宅の玄関を開きました。

その顔は心なしかうつむいていました。

暗くなったリビングを横切ると、隣のふすまが少し開いているのに気づきました。

和室に飾られた仏壇を見ると、ふと記憶がよみがえります。

病院の一室。扉を開くと、アカネはベッドから身を起こして外を眺めていました。

白い肌、赤い頬、黒い髪。アカネは容姿端麗で、その姿は、ユキとそっくりでした。

「やっほー、アカネ。見舞いに来てやったぞー」

カズキは手を振りながら、彼女に近づいていきます。

「来なくていいのに。心配しすぎなんだから」

彼に気づいたアカネは、少しふてくされて言いました。

「またまたー。兄ちゃんが恋しいくせに」

「あ、ありえないし!」

引いたアカネの頬の赤みがほんのりと増しました。

「ほら、差し入れだ。喜べよー!」

彼は手に持っていた色とりどりのフルーツのカゴを、ドンと台にのせました。

「ありがと……」

すると、それを見たアカネの顔がみるみると険しくなりました。

「ねえ。何でここにオレンジがあるの?」

「ん? 好きだからだけど?」

「……私がオレンジ嫌いだってこと、いつも言ってるよね!? そういう自己中なところ、いい加減治したほうがいいよ!」

「なに? それが見舞いにきたやつに言うセリフかよ!」

「お兄ちゃんはいっつもそう! 自分のことばかり。人のことはちっとも考えないんだから。いつかみんなに嫌われるよ!」

「アカネ……おまえ……!」

その時、後ろから扉が滑る音がしました。振り向くとカズキの両親でした。

「あら。カズキも来ていたのね」

「オレ。もう帰るから」

「何かあったのか?」

「……何でもない」

カズキは早足で両親の横を抜けて去っていくのでした。アカネはそれを冷たい目で見ていました。

そしてそれが、彼女との最後の会話になったのでした。

カズキはハッと現実に帰ると、思い切り頭を振りました。

「関係ない。こんなのは、忘れろ……!」

そうして二階へ駆けていくのでした。

翌日の放課後。

ユキは部室の入り口に立っていました。なぜ入らないのかというと、中からカズキの声が聞こえたからでした。

昨日から、ユキは彼に嫌われているような気がしました。あの時感じた黒々とした空気は、マホのいじめの始まりの空気と似ている。そう思ったのでした。

彼女はカズキと目を合わせることに戸惑いを感じていました。

「……徳永の宿題が難しすぎて、難儀しているのだよ」

部室からトオルの声がしました。どうやらカズキとトオルが会話をしているようです。徳永というのは、数学の鬼として名が通っている本校の教師でした。

ユキはドアを気づかれない程度に開けて、様子を見てみることにしました。

「見せてください。どれどれ。うん。わかんねーっす」

カズキがトオルの宿題をのぞきこみ、すぐに手をあげて言いました。

「即答だな、おい。まあ、一年のおまえが分かるわけない、か」

「問題は解けねーっすけど、おまじないはできますよー」

「おまじない……だと?」

「いきますよー」

そういうとカズキはうなりながら、両手をこねて回しました。

「んーーーみゃ!」

カズキの手のひらが飛んで、トオルの頭につかみました。

「おわっ!」

トオルは驚き、思わず後ろにのけぞりました。

しばらくの沈黙。カズキはトオルの頭をつかむその様子は少し滑稽でした。

(あれが、おまじない……?)

「どーすか? 効果抜群でしょー」

頭をつかまれたトオルは、みるみると笑顔になりました。

「……おお! 体の底から力が湧いてくる! これでヤツが倒せる! 助かったぞ、カズキ!」

「ふふん。オレのおかげっすねー……!」

自慢げに鼻をこするカズキが玄関の方を振り向いた瞬間、スキマからのぞくユキに気づきました。それを見たトオルも気づいて言いました。

「おお、白井さん。よく来てくれた」

ユキは申し訳なさそうに会釈をしました。さっきまで明るかったカズキの顔が曇っています。

「……オレ、帰ります」

「もう帰るのか? 今来たばかりじゃないか」

カズキはテーブル横のカバンを持って、ユキと目を合わせずに去って行きました。彼女はその姿を見てうつむきました。

トオルは二人を終始、不思議そうに眺めていました。

「なんだ、あいつ」

「あの、部長さん。聞きたいことがあるのですが」

「うん?」

「私は、カズキに嫌われているのでしょうか?」

トオルは眉間にしわを寄せ、静かに腕を組みました。

「……なぜそう思う?」

「最近、私にばかり当たりが強いような気がして。彼と一緒にいると空気が重いんです」

トオルは「そうか」とうつむくと、顔をあげて言いました。

「確かに、あいつは少し自己中心的なところはある。しかし、悪いやつではない。きっとなにかある。それが何か、はっきりとは分からない」

「……そうですか」

ユキはカズキが去っていった方向を見て言いました。

後日。昼休みのことでした。カズキはいつものように弁当を持って、教室を出ようとしました。すると、目の前に女子生徒が現れました。ユキでした。

「……ユキちゃんじゃーん。どうしたー?」

無邪気に笑っていますが、物悲しい影がうっすらと見えた気がしました。

「カズキに話があります。聞いていただけますか?」

「……」

真顔になったかと思うと突如、カズキは走り出しました。

「カズキ……!」

彼の後ろ姿は遠く、他の生徒に紛れて消えていきました。ユキは眉をひそめ、うつむきました。それからその日、彼の姿を見ることはありませんでした。

翌日の放課後。カズキは帰る支度を始めていました。教室を出ようとすると、

「何度もすみません」

ユキでした。顔をじっと見つめています。何度見ても彼女にそっくりでした。

「……」

「どうしても話がしたいのです。お願いします」

「……うるさい! 二度とオレの前に現れるな!」

走ってユキを振り払いました。クラスに残っている人たちがざわついていました。

彼は逃げました。ひたすらに、ただひたすらに逃げました。

「……ハア……ハア」

息を切らして気づけば、夕暮れに赤く染まる玄関に腰をかけていました。

「どうして……」

思わず拳を握る力が強くなります。

「忘ようとしていたのに……。どうして今更邪魔をする……!」

「くそっ!」と、床を拳で殴る音が響きました。

それから、一週間後の朝。支度を終え、玄関に向かおうとしていました。

「カズキ」

後ろから父さんの声がしました。振り向かずに口を開きました。

「……何?」

「アカネのことで話がある」

「……知るかよ。オレはもううんざりなんだ」

「そうか。じゃあ一言だけいいか?」

「……」

「逃げるな」

足音が遠のくと、カズキは玄関へ消えていきました。

昼休みに弁当を持って教室を出ようとすると、いつものごとくユキが現れました。

「……」

カズキの目に子供のような無邪気さはなく、殺気立った憎しみと、何かを失った悲しみが複雑にからまりあった、まるで何かを悟ってしまったかのような目をしていました。

「いい加減、しつけえ。ようやめようぜ」

「放課後。部室で待っていますから」

そう言うとユキは足早に去っていきました。

「逃げるな」

父さんの声が遠く聞こえていました。

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