感動したい

【フリー小説】さつき波の都 #3 再会ノ章2

さつき波の都

青年たちは住宅街の中を歩いていた。

コンクリートにはひびがはいり、電柱は倒れ、あらゆるところから雑草が生えていた。
ひどい有様だ。

彼らの行き先は、オサムの自宅だった。
誰かがいるかもしれない、という期待もあるがどちらにせよ寝床が必要だった。
もうすぐ、あたりは真っ暗になるだろう。

オサムは目の前に倒れた電柱を見た。

街灯はボロボロにはがれおち、直の蛍光灯があらわになっている。
とてもその光が点くとは思えない。

「よっと」

イブキが電柱を軽々と乗り越える。

「ねえ。早くしないと、本当に日が暮れちゃうよ!」

「うん。分かってるよ」

波が立る踊り場で、先ほどまで話していたことを思い出した。

三年じゃなくて、二年、でしょ。

その言葉ですべてに納得がいった。
彼女は一年前までの記憶を失っているのだ。

ハキハキと澄んだ声。
天然な性格のなかで時々見せる、凛とした天才の風格。

それは、僕がずっと憧れてきた、ずっと大好きだった、彼女の姿だった。

思えば、そこから彼女の様子が変わった気がする。
どこか影が差したような感じがした。

「先、行っとくねー!」

イブキの声で我に返った。
今はそれどころではない。
急がないと。

微妙な高さだ。
道の端の、大きくなった隙間から四つん這いで穴を抜ける。
正直、僕は運動が得意ではない。

「ふう」

やっとのことで電柱を抜け、曲がり角を曲がった。

「うっ……」

見た先ではさっきとは比べものにならない数の電柱が倒れ、映画に出てくるレーザー網のごとく張り巡らされていた。
帰宅路に電柱がこれほどあったなんて。

「安達くん、はーやーくー!」

イブキはその先にいた。
遠すぎて、まるで米粒がしゃべっているように見える。

本当に日が落ちる前に帰れるのか……?

はあー、と深いため息をついた。


「ぜえ、ぜえ」

糸の切れた人形のように、オサムは電柱に倒れこんだ。

結局、あたりは真っ暗になっていたが、オサムの自宅は目の前だった。

「……大丈夫? 安達くん」

オサムのただならぬ様子を見て、イブキは心配そうに言った。

思わず泣きそうになった。
それは、心配してくれたという嬉しさからなのか、急かしたのはあんただろという悲しさからなのか、よくわからない。

ちなみにこの『安達くん』というのは昔の僕の呼び名だ。
呼びかたが違うだけで、心の距離が遠くなるのを感じる。

「大丈夫。……イブキと違って運動音痴だけど」

僕も彼女を『五条さん』と、昔の呼び名で呼ぼうか迷ったけどやめた。
これ以上距離を感じたくなかった。

「お茶。飲んで」

学校指定のカバンから赤の水筒を取り出すとふたを開け、お茶を注いだ。
それをそっとオサムに差し出す。
しかし、彼は首を振った。

「貴重な水分なんだ。そんな簡単に消費するわけにはいかないよ」
「……いいからっ! ほらっ!」

ぐいぐいと強引にカップをほっぺたに押し付けてくる。
……なんで、ほっぺた?

「わかった、わかったよ。ありがとう」

その気迫に負け、体を起こし、カップをもらう。
そして、口をつける寸前、その手が止まった。
顔に血が昇るのを感じる。

これはいわゆる間接キスでは?

「?」

イブキはキョトンとしてこちらを見つめている。
周りが暗くて、おそらくその顔に気づいていない。

どうする?
断るか? 飲むか?
どうすればいい……!

心の中で叫びつつ、必死に頭をフル回転させた。

待て待て、落ち着け。
イブキは最初会ったとき、学校が休みかどうかの話をしていた。
つまり、これは朝の水筒だ。
まだ口につけていないはず……!

覚悟を決めると、それを一気に飲み干した。

「ごほ、ごほっ!」

思わずむせた。
思っていたより、量が多かったようだ。

「大丈夫? ねえ、さっきからすごく心配なんだけど」

今日一日まったく水分をとっていなかったからか、それとも彼女のお茶だからか、全身に染み渡ったような気がした。

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