感動したい

【フリー小説】白雪姫と七人のオタク #4 カズキ 茜色の記憶編3

白雪姫と七人のオタク

ユキは部室で正座をしていました。その後ろでリクがパソコンをカタカタと触っています。

「いやはや。やはり新作のエロゲーは、完成度が高いでござるな……!」

リクは満足げにうなずくと、ふとユキのほうを見て立ち上がり、その顔をのぞきこみました。

「白井殿は先ほどから何をしてるでござるか? しかめっ面で端正な顔が台無しでござるよー」

「カズキを待っているのです」

「カズキ、ですと!? もはや呼び捨ての関係になったのでござるか? さすがカズキ殿。手を回すのが早いでござる」

ユキは丸テーブルに目を落としました。

「……私、嫌われているんです。ただ話がしたいだけなのに、逃げられてしまって」

「そうでござるか」

「今日も来ないんじゃないかって不安なんです」

「……大丈夫でござるよ。カズキ殿は弱い男ではござらん。いつか白井殿と向き合う日が来るでござる」

そのとき、外から地面を踏む音が聞こえてきました。一歩一歩、踏みしめるような音でした。

「おおっと。では拙者は抜けるでござる。隣で行為を見届けるでござるよ!」

リクはとうっ、と忍者さながらの素早い身のこなしで隣の部屋に飛び込み、ふすまを閉めました。

そして、ガチャリと部室の扉が開きました。立っているのはカズキでした。

「おお。奇遇じゃん」

「お話、聞いていただけるのですか?」

「……ちょっとだけな」

カズキはユキの前にあぐらをかいて座りました。ユキは正座を改めました。

しばらくの沈黙。ユキは静かに口を開きました。

「カズキが」

カズキは真剣に耳を傾けています。

「カズキがなぜ私を避けるのか、私には分かりません」

「……」

「しかし、先日のおまじないを見て思いました。あなたは悪い人ではありません。まるで、周りを明るく照らす太陽みたいな人です」

カズキの目が見開いたような気がしました。

「だから、その……私はあなたを嫌いにはなりませんから、しっかりと現実に向き合ってください」

カズキはうつむきました。脳裏にあの日の記憶が浮かんだからです。

夕暮れ時。地面にうずくまって泣いている女の子は、妹のアカネでした。

カズキは彼女のもとに行くと、目の前にしゃがみ、白い歯を見せて言いました。

「兄ちゃんが迎えに来たぞ!」

「……お兄ちゃん、膝が痛いの」

見ると転んだのか、左膝をひどく擦りむいていました。

「大丈夫だ。兄ちゃんはケガを治すことはできないけど、おまじないをかけることはできるぞ」

「おまじない……?」

「そう。よーし、いくぞー」

両手を組んで、目の前でこねくり回しました。

「んーーーみゃ!」

手のひらでアカネの膝を掴みました。しかし傷口が当たらないようにそっと。

「……これが、おまじないなの?」

「そうだ。効果抜群だろ?」

また、にんまりと笑みを浮かべました。

「なんか、変なのー!」

二人はなんだかおかしくなってきて、しばらくずっと笑い声を出していました。

カズキがアカネの手をつないで家路を歩いていると、

「兄ちゃん」

「なんだ。アカネ」

「アカネ転んだ時ね、すごく痛くって、すごく悲しくって、雨がざーざー降っていたの」

「……うん」

「でも、お兄ちゃんのおまじないでね。それがびゅーんって飛んで、ぴかーってなったの。ぴかーって」

カズキははっとしてアカネの顔を見ました。まぶしい笑顔でした。

「だから、お兄ちゃんはアカネの太陽なんだよ!」

「……」

現実に戻ると、カズキの目には涙が溜まっていました。

「……ハハ。それだけかよ」

「……」

「それだけ伝えたくて、オレをあれだけ追いかけてたってゆーのかよ」

「そうです」

カズキは涙声を押し殺して言いました。

「……オレは、逃げてたんだ。ずっと。ここにある漫画を読んで笑って、それでアカネを忘れようとしていた。でも、それはできなかった。忘れようとすればするほど、虚しさが増すんだよな」

カズキの目から水がこぼれ落ち、鼻をすする音が聞こえました。

「逃げちゃダメなんだよなあ。いくら逃げても、あいつは帰ってこねーんだがらざあ……」

「……楽観的になりたいなら、客観的になることだ」

カズキはぐちゃぐちゃになった顔を上げました。

「精神科医の言葉です。楽して逃げる前に、やるべきことがあるはずですよ」

カズキは口を真一文字に結び、目をこすりました。

「そうだよな。ユキちゃん……サンキューな」

立ち上がって、部室の外に出ました。

「ちょっくらアカネに謝ってくるわ」

そう言って、カズキはユキに手を振りました。微笑んで手をふり返しました。

カズキの姿が見えなくなった頃。隣の部屋ですすり泣く声が聞こえてきました。

ユキがふすまを開けると、その姿に呆れて思わず腰に手をつきました。

「いい話でござる。いい話でござるよおお!」

彼の記憶と同じように、空は美しく茜色に染まっていました。

カズキは仏壇の前に座って、手を合わせました。

そして手を膝に戻し、目を開けると仏壇を見上げました。

「久しぶりだな、アカネ。お兄ちゃんが来てやったぞ。なんてな。ほんとはおまえそっくりの友達につかまっただけなんだー」

線香の煙がゆらゆらと揺れています。

「なあ。アカネ」

カズキは頭を下げました。

「すまなかった。兄ちゃんはバカだ。大バカだ。おまえから逃げたって、忘れたって、何も解決しねーのに」

そっと仏壇を見上げました。

だから、お兄ちゃんはアカネの太陽なんだよ!

「……なんか昔のこと思い出しちゃってさー。膝小僧すりむいたおまえがオレのことなんて言ったと思う? 太陽だってさー。おかしいだろ」

また、熱いものが胸に込み上げてきました。

「兄ちゃんはもう、逃げない。だって、兄ちゃんはみんなの太陽だから。太陽は逃げずに明るく照らすものだから」

その目が熱くなりました。

「これは約束だ……だから……だから、今夜だけは泣かせてくれよ」

一度あふれた涙は止まらず、カズキは一晩中泣き続けました。


カズキは部室で漫画を読んでいました。暗い様子はなく、無邪気に笑う声が聞こえてきます。

そっと扉が開きました。ユキでした。

「やっほー! ユキちゃん」

「こんにちは、カズキ」

見るとユキの膝には白いガーゼを巻かれています。

「そのガーゼはどうしたのー? 珍しくケガでもした?」

「はい。お恥ずかしい限りですが、体育ですりむいてしまいました」

「ちょっと、こっちおいでー」

「……?」

ユキは靴を脱いでカズキの元へ向かいました。

「オレはケガは治せないけど、おまじないはできるぞ」

「おまじないって、あれですか?」

「そうそう。よーし、いくぞー」

カズキは両手をこねくり回しました。

「んーーーみゃ!」

手のひらでユキの膝をつかみました。しかし傷口に触れないようにそっと。

「効果抜群、だろ?」

「やっぱり、変ですね。そのおまじない」

二人は口をそろえて笑いました。

そして、ずっとずっと、笑い声が響いていましたとさ。

《カズキ 茜色の記憶 完》

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