はじまりはじまり
むかしむかし、ある高校の女子トイレ。ひとりの娘がモップを持って、寂しく床を磨いておりました。
彼女の名は白井雪。雪のように肌が白く、血のように美しいほほを持ち、黒炭のように黒い髪をしていました。
「さてと、掃除は終わったかしら?」
トイレの入り口から声がしました。そのほうを見ると、意地悪く笑った娘が立っていました。彼女も雪と同様に美しく、周りを虜にせんばかりの美貌を持っていましたが、雪には一歩及びませんでした。
雪は答えました。
「いえ、まだ」
「おっそいわね。もう私、帰るから。明日ちょっとでも汚れていたら、どうなるか分かっているわよね?」
彼女はそう言って口元をゆがませると、カバンを持って去ってしまいました。雪は自分の頬を優しくさすりました。
雪はここ最近、彼女、間塩マホからイジメを受けているのでした。マホは自ら教師から雑務を引き受けると、それをすべて雪に押し付けていました。
そしてそれをカンペキにこなさなかったとき、彼女は女性に関係なく雪の顔をはたくのでした。
雪はみじめでした。何もしていないのにイジメを受けている自分に。いえ、何もしていないからでしょうか。わかりません。イジメの原因はまるで検討もつきませんでした。
そして解決策が見つかるはずもなく、汚れたモップでひたすら床をこすりつけるのでした。
ある日のことでした。放課後、雪はいつものように掃除道具の個室の前に立っていました。
そして、個室を開けようと手を伸ばしましたとき、ある異変に気づきました。
水がしたたる音が聞こえたのです。
床を見てみると一滴の水たまりがありました。そしてそれは、二滴となり、三滴となり。そこで雪は自分が泣いていることに気づきました。
今までの辛い気持ちが、あふれてくるようでした。
「もう、いや」
雪はトイレの入り口に向かい、置いてあったカバンを持ちました。
そのとき彼女が目の前に現れました。マホです。こちらを鬼の形相で見下ろしていました。
「あんた、何してんの?」
その瞬間、雪は弾かれたように逃げだしました。カバンを持って一直線に階段まで駆けていきます。
「いたっ!」
雪の肩にぶつかりマホはよろめきました。
マホがすれ違いざまに見た雪の目は、固く閉ざされていました。そしてそれは彼女に対する反抗のしるし。長きにわたる戦いの合図となったのでした。
七人のオタク
「ちょ、待ちなさい!」
マホは後ろから追いかけてきました。雪は一心不乱に階段を駆け降り、靴も履かず外に飛び出しました。
校庭の脇道に入り、とがった石を飛び越え、イバラの中を突き抜け、校舎の奥へ奥へと進みました。
そして足のかぎりを尽くした頃、辿り着いたのはひとつの部室小屋でした。
小屋はひっそりと佇んでいました。雪は入学して間もないということもあって、校内のことはよくわかりませんでしたが、まるで秘密の花園に来たようでした。
マホはもはや付いてきていませんでした。雪は疲れを休めようと、部室のドアをノックしました。しかし、返事はありません。
「留守なのでしょうか?」
ドアノブを回してみました。ガチャリ。鍵はかかっていません。
そっと扉を開けて様子を見てみますと、中には誰もいませんでした。雪はいつ背後からマホに襲われるか分からない不安から、部室の中に入ってみることにしました。
何の部室かわかりませんでしたが、あたりは漫画で散らかっていて、足の踏み場もありません。壁際には美少女のポスターや戦隊モノのフィギュアが飾られていました。
部屋の真ん中には、小さな丸テーブルがありました。テーブルには食べかけのお菓子とジュースが置いてあります。数えてみると、それぞれ七種類ありました。
雪はたいへんお腹が空いて、のどが乾いていましたから、お菓子とジュースをそれぞれ少しずつ拝借しました。ひとつにしなかったのは、なんだか悪い気がしたからです。
そして隣にもう一部屋あるのに気づきました。雪はそこをのぞいてみました。
隣の部屋はここの部屋と違って、少し狭いものでした。そしてそこには、ひとつの布団が敷いてありました。
布団はふかふかで、この部屋と違ってなぜか清潔感がありました。壁際の本棚にきっちりと漫画が整理されています。雪は疲れていましたので、横になるだけと思い、布団に寝転びました。
日が暮れて、あたりが真っ暗になったとき、部室の外から談笑が聞こえてきたかと思うと、そのドアが開きました。
そして、部屋の明かりがつくと、一人の男が気づきました。
「……なにか、おかしくないか? 出かけたときと様子が違う気がする」
「もしかして空き巣だお?」
「だから鍵かけたか、ちゃんと確認しろ言うたやんけ!」
「何か盗まれたら、そいつただじゃおかねえな」
「ま、大丈夫っしょ。とりま入ろーよ」
「美少女居候フラグ、キボンヌでござる!」
「……Zzz」
七人の男たちは、ゆっくりと部屋に入って、なかを調べてみました。そして、隣の部屋を見てみると、何者かが寝息を立てていることに気づきました。
一人目の男は近づいてその顔を見ると、残りの六人を手招きしました。
「おい、客人だ」
「おお。ロリ展開キターーーーでござる!」
「うるせえ。起こすんじゃねえ」
「……かわいいというより、美しいよねー」
「オレの……布団……」
その時、雪はふと目が覚めました。男たちに気づくと、すぐに身を起こして言いました。
「すみません。私……」
「いや、俺たちのことは大丈夫だ。君の名前は?」
「白井雪と言います」
「白井はん。どうしてワイらの部室に入ってきたんや?」
「それは……」
雪は自分がイジメを受けていて、そこから逃げ出したことを七人に説明しました。
「なんと……ぼりぼり……それは……ぼりぼり……一大事だお」
「おい、ダイキ。ポテチほおばりながらしゃべるなといつも言ってるだろ」
「ごめんごめん。謝るお」
「どうするー? ま、ボクたちには関係ないことだし。かくまう義務もないからねー」
「おまえ、それマジで言ってんのかよ?」
「美少女をかくまう? はあはあ。たまんない展開でござるな……」
「おまえはおまえで、アブねーんだよ!」
「おいおい、みんな落ち着け。とにかく」
短髪メガネの男はこちらを見て言いました。
「白井さんには、しばらくここにいてもらおう。そのほうが安全だろ?」
「ここは良くも悪くも、校舎から遠いからなあ。ほんまケッタイなことやで」
「そのかわり、ひとつお願いを聞いてもらってもいいか?」
雪はこくりと頷きました。
「俺たちが出かけている間でいいから、あそこを掃除してくれ」
男は後ろのぐちゃぐちゃのリビングを指さしました。
「俺が片付けても、他が一瞬で汚すんだ。頼む」
短髪メガネの男は手を合わせてお願いをしました。
雪はもう一度、こくりと頷きました。
「おお!」
すると短髪メガネの男は微笑んで、その手を差し出しました。雪は丁寧に握り返します。
「じゃあ、しばらくよろしくな。白雪さん」
「展開キタコレでござるな!」
「おい! オレらがお片付けできないみたいな言い草するんじゃねえよ!」
「実際そうじゃないか。吠えるなよー、イライラ神」
「おいてめえ、もう一度その名前で呼んだらぶっとばすぞ!」
「早く……布団からどいて……」
そうして、雪は愉快な七人にしばらくお世話になるのでした。
続く