少年と少女が玄関の前に立っていた。
「ヒロユキ君の家って、大きいねー」
アズサは玄関を見上げた。それを見てタケルの眉が動く。
「なんだよ。オレん家のほうが大きいし。いいからピンポン押すぞ」
タケルは一歩前に出て、チャイムを押した。
ピンポーン
しばらくすると玄関が開き、別の少年がひょっこりと姿を現す。
「おう、ヒロユキー!」
「やあ、いらっしゃい。どうぞどうぞ」
彼の手招きにつられて、アズサとタケルは彼の家に足を踏み入れた。
「わあ、広い。うちと大違いだよ。あ、あれ見て。綺麗な花瓶!」
アズサは、その洋風な間取りに終始はしゃいでいた。タケルも感動していたが、その一方で少しいらだっていた。
なんだよ。ちょっとスゴイだけじゃないか。そこまで、はしゃぐことじゃねえよ。なんか楽しくねえな。ちぇ。
そして二人はヒロユキの部屋まで案内された。
「ここが僕の部屋だよ」
勉強机に教科書。そしてランドセル。そこまでは普通だったが、一番目を引いたのはその後ろだった。
「スゲエ……。こんないっぱいの本、見たことねえ」
壁が本棚で出来ていた。しかも、そのすべてにぎっしりと本が埋まっている。
「スゴイでしょ。二人に見せたかったのは、これのことだったんだ」
「本読むのが好きって言ってたもんね」
「そうそう。お小遣い貯めてコツコツ埋めたんだ」
「ねえねえ。何か面白いのある?」
「うーんとね、これなんかどうかな……」
「あ、それアズサ見たことある!」
「オ、オレも見たことあるし」
「えー。うそだー」
それから、ヒロユキとアズサの会話が始まった。タケルも話に入ろうとするが、まったくついていけない。教科書以外の本を読んだことがない彼にとって、それは無理な話だった。
つまんねー。来なければよかった。
そう思って本棚を眺めていると、ある漫画が目に入った。見たことがない漫画だったが、なぜか同じものが二つある。
「……それが面白くて、一日で読み終わっちゃったよ!」
「スゴイ! 読むの早いんだねー」
ふと耳に入り、タケルの怒りはついにピークに達した。
「なあ、ヒロユキ」
「なに?」
「そんなに読むの早いって言うなら、オレと勝負しようぜ!」
「え……どうしたの急に」
「うるせー!」
すかしやがって。前々からそういう大人っぽい態度にムカついていたんだよ!
「漫画一冊、早く読んだほうが勝ち! 判定は、アズサがする! ちょうどこいつが二冊あるからな」
そう言うとタケルは、さっき見た本棚から二冊の漫画を抜き出した。一冊をヒロユキに投げ渡す。ヒロユキは慌てて受け取った。
「ねえ、なんで同じのが二つあるの?」
「はは……。間違って買っちゃったんだ」
「おい、話聞いてんのか?」
「うん。でも……」
「なんだ。負けるのが怖いのか」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、始めよーぜ。はい、よーいドン!」
タケルは漫画のページをめくった。「ええ……」と困惑しながらヒロユキも後に続く。
「ちゃんと読まないとダメだからな! 後でアズサにクイズ出してもらうから」
「アズサはおっけーだよ!」
タケルは次々とページを進める。文字は苦手だけど、漫画は別だ。こいつを初めて読むにもかかわらず、内容がスラスラと頭に入ってきた。
ちらりとヒロユキを見る。その手はあまり進んでいないようだ。よしよし。かっこつけて小説ばっかり読んでいるからだ。
アズサは二人を見るのに飽きたのか、本棚から可愛らしい装丁の本を取り出して、それを読み始めた。
それから何分たっただろうか。最初に本を閉じたのは、タケルだった。それに続いて、ヒロユキが本を閉じる。ほとんど互角だったが、タケルのほうが一枚うわてだったようだ。
「はい、オレの勝ち。おまえの負けー」
ヒロユキはムッとした顔になって言った。
「まだ続きがあるでしょ」
「そうだよ。アズサのクイズ大会だよ」
「そんなの知らねーな」
「おい。さすがにそれはズルいぞ」
「わかったよ。いちいちうるせーな」
タケルはしぶしぶアズサに読んでいた漫画を渡した。なんだかんだ、アズサはクイズに乗り気だ。彼女はもらった漫画をペラペラとめくる。
「はいじゃあ、第一問! 主人公は何歳でしょう?」
二人はクイズ番組でよくやるように、答えをメモ帳に書き出した。
「では、みなさん。フリップをどうぞ!」
アズサが大仰にうながす。
「フリップじゃないけどね」
二人が同時にメモ帳を見せる。
「十七歳」
「十七歳だ! こんなの簡単すぎる」
「お見事! お二人とも大正解です」
タケルは鼻息を荒くした。オレの記憶力をなめてもらっちゃ困る。どんどん来い、アズサ。こいつに参ったと言わせてやる。
「第二問。うーん。主人公のママの名前は?」
「……!?」
なんだ? 二問目から急に難しくないか? というより、主人公の母親の名前なんか出ていたか?
タケルはヒロユキを見た。ヒロユキはすでにペンを走らせている。
くそ。思い出せ、オレ。何かそれっぽい名前を思い出すんだ。タケルはやっとの思いでメモ帳に答えを書いた。
「では、フリップをどうぞ!」
「藤原きらら」
「フジワラノ……きらら」
「おい、わからないようにぐちゃぐちゃに書くなよ」
「う、うるせー」
「タケル君、ぶっぶーだよー」
「くそ……。クイズは五問あるからな!」
「次から次に新しいルールを……」
それから、クイズは第五問まで続けられた。
そして結果はヒロユキが四問、タケルが二問正解だった。読む速さはほぼ互角、読む正確さはヒロユキの圧勝だった。
タケルはその場に崩れ落ちた。
「くそ……何かの間違いだ!」
「これは、タケルが言い出したことだよ」
う……。タケルは苦し紛れになって、言った。
「これはインチキだ! どうせ何かインチキしたんだろ!」
「うん。インチキしたよ」
「な……!?」
思わぬ返事に、タケルは言葉が詰まった。
「だって」
ヒロユキは意地悪く笑った。
「これ読んだことあるもん」
タケルはこの漫画が、彼の本棚にあったのを思い出した。
「……それを、先に言えよー!」
「だってタケルが勝手に話を進めるから」
「うるせー! 一発殴らせろ!」
「ええー!」
タケルは拳をあげ、ヒロユキを追いかけた。ヒロユキは部屋中を逃げ回る。
アズサはそのドタバタの様子に、隣でクスクスと笑っていた。