オリジナル小説

【フリー小説】レトロブック

レトロブック

老人は寝る前の時間が一番の楽しみだった。

老人はゆっくりと椅子に腰掛けると、そこから出ているケーブルを手に持った。

そしてそれを後頭部に持っていく。そこにはケーブルの差込口があった。

差込口にさした瞬間、目の前に電子でできた本棚が広がった。

「さて、今日は何を読もうか。経済は昨日。小説は一昨日。そうだ。これなんかはどうだろう」

老人は『空飛ぶ車と健康』という本を取り出し、それを開いた。するとその瞬間、本は光り輝き、消えて無くなってしまった。老人はつぶやいた。

「……これは、少しつまらなかったな。そもそも、空飛ぶ車に乗る機会がもうないのだから、それはそうか」

老人の記憶には、しっかりと本の内容が刻まれていた。

この時代の書籍は、すべて電子の記憶でできていた。したがって、それを脳に直接送り込めば、ページをめくったり、文字に目を通したりする必要はない。

その後も老人は、次々と本を取り出し読みふけった。読みふけると言っても、本を開けば一瞬で読み終わる。

そして、時間はたくさんあった。老人は長く築いてきた会社から身を引き、余生を謳歌おうかしていた。

しかし、経営時代の勉強癖が治らず、ビジネスから引退してからも、こうやって読書をするのが老人の楽しみだった。

そろそろ九冊目に差し掛かろうと手を伸ばしたとき、老人の頭にするどい痛みが走った。

「う。そろそろ、私も歳かもしれんな」

本が電子記憶になってから、人はいつでもどこでも時間を取らず、本が読めるようになった。

しかし、老体には負担が大きいらしい。こうやって頭痛が来ることも、しばしばあった。最悪、脳にダメージが来るそうだ。実際、お年寄りの読書による記憶障害が、ニュースの話題になっていたこともあった。

「なんとかして、ゆっくり読めんものか」

老人は後頭部のケーブルを引っこ抜くと、家中を探し始めた。何かヒントがあるかもしれない。

そして、過去に老人の祖父が持っていたという箱を奥から見つけ出し、そのフタを開けた。

中を見ると、何やら黄ばんだペラペラのものと、先がとがった細い六角柱のものが入っていた。

「なんだこれは、初めて見た」

使い方はまるで検討もつかなかったが、不思議なものを感じ、二つを手に取ってみた。

六角柱のものの先端は黒くとがっている。それ以外に、これといった特徴はない。そして、ペラペラのものをよく見てみると、黒く汚れているところがあった。文字だ。

「もしや」

老人は六角柱の黒い部分を、ペラペラに押し当てた。すると、その黒色がペラペラに残ったではないか。

「おお、これは面白い」

老人はわんぱくに目を輝かせた。やはり新しい発見というものは、大人も子供も関係なく喜ばせる。

老人は記憶のなかの文字を、見よう見まねで書き始めた。楽しみであった読書のことは、この時には忘れていた。

それからというものの、老人は読書から学んだこと、一日を振り返って思ったことなどを、思い思いに書き残した。

最初のころは鉛筆の持ち方すらままならなかったが、次第にスラスラと滑るように書けるようになった。

そして、老人は気づいた。紙という手に触れられるモノという安心感に。また、メモを見ているときは頭痛に悩まされることも無かった。一枚一枚自分のペースで、読むことができるからだ。

その日、老人がいつものように、紙に鉛筆で考え事のメモをしていると、玄関から通知が来た。どうやら友人のようだ。老人は友人を家に招き入れた。

「久しぶり。元気だったか」

「もちろん。ただ私も年を取ったのか、体にガタが来始めているが」

友人はふと老人の部屋を見ると、その体がかたまった。

「こ、これは……!」

「どうした?」

「これはどこから見つけてきたんだ?」

友人は老人の書きかけのメモを手に取った。

「面白いだろう? 祖父の遺品だ。これを使って文字を残すと、なんだか安心するのだ。そして、これはゆっくり読むことができるのだよ。頭痛に悩まされることがない」

「……考古学をしているからわかることだが、百年前の昔の人々は、これで本を作っていたそうだ。実物は初めて見た」

老人は驚いた。

これが、本? 現在と全然違うではないか。

そのとき老人は思いついた。

「そうだ。これを使って世間の老人に、本を残そうではないか。そうすれば、記憶障害の社会問題が無くなる」

「そうか。それは名案だ。今すぐ始めよう」

友人は二つ返事で了承した。

そこから次第に、大量の紙が製造、流通し始めた。

そして、紙の本が再び世間一般になったのは、言うまでもない。

ABOUT ME
ぱっちー
自己啓発書大好きSIer(週2、3冊は読みます)。 毎日を良くするための研究を続けて早3年。 自分の自己啓発書を出版するのが夢。 感謝と恩返しの気持ちをいつも胸に。