ピンポーン
インターフォンが鳴った。例のものが届いたらしい。
女は玄関のカギを開け、小さな荷物を受け取ると、その段ボールを開けた。丁寧に梱包を取り除くと、そこには筒状の機械が入っていた。
女はそれを、箱から取り出した。意外とずっしりしている。これは、人が声をかけると機械がその声に応じるという、いわゆるスマートスピーカーというものだった。女はスピーカーをかかげ、つぶやいた。
「これで、大丈夫だわ」
スピーカーは、防犯対策の機能もついていた。カメラを設置することで、怪しい人影があれば、それを通知してくれる。最近、この家の周りに、変人がうろついている。そいつはまるで、春先になると出てくる、うっとうしいコバエだ。急いで駆除しなければ。
女はカメラを、玄関と窓に設置した。ちなみに部屋の中は、スピーカー内臓のカメラが監視していた。これで、コバエが飛んでいたら、私に通知してくれる。早く、罠にかかって欲しいな。そしたら……。
「そしたら、あとは、ジャックでカンペキね」
女は、胸元に手を当てた。
それから、スマートスピーカーの住所設定を終わらせると、女はそれを黒テーブルの上に置き、浴室へ向かった。
ポロン
シャワーから上がり、部屋に戻ると、スピーカーが音を発した。何かと思うと、スピーカーは続けた。
「部屋の中に不審者がいます。部屋の中に不審者がいます。十分後、自動的に通報します」
女は呆れて、ため息をついた。どうやらこれは、不良品のようだ。私が不審者であるはずがない。
「私は不審者じゃないわ。どうしてそんなこと言うの」
「パスコードを入力して、設定を確認してください」
女はスピーカーの設定を確認し、部屋所有者の関係者リストに自分の画像を加えた。
翌日、女はオフィスで仕事をしていた。ある時、女は後ろから声をかけられた。
「お忙しいところ、すみません。企画書のここの部分、どう書くか教えていただけませんか」
振り返ると、オタクだった。オタクは女の仕事仲間で、一つ年下だった。曇ったメガネ、ふけがついた髪、そしてしわだらけの服が特徴的だった。オタクという名前は、女が勝手に心の中でつけたものだった。
「ええ、ここはね……」
女はオタクに、懇切丁寧に教えた。しかし、その親切そうに見える顔の後ろでは、虫唾が走っていた。おい、これ以上、その汚い顔を近づけるな。気持ち悪いのが移るだろ。
「……なるほど。ありがとうございます。先輩はいつも優しくて、助かります」
「ありがとう。いつでも教えてあげるわ」
「はい、また来ます」
もう二度と来るな。女はそう思った。
家に帰ると、女は紺色のベッドにその身をゆだねた。ああ、オトメの悩みは尽きないものだわ。それにしてもオタク、次何かしてきたら、ジャックの出番だわ。
女は枕に顔を当て、深く息を吸うと、顔を上げた。そこには、男女のカップルの写真があった。男は高身長で鼻が高く、女はそれに負けず劣らずの美人だった。
「信じられないわ。私以外の女と一緒にいるなんて」
その写真は、男が浮気をしている決定的な証拠だった。だから、浮気をたぶらかした女には、しかるべき処置をとらなければならない。私と彼を邪魔するものは、許さない。そのときスピーカーから音が流れた。
「窓付近に、不審者がいます。通報しますか」
女は窓の方を見た。あのカーテンの向こうに不審者がいる。そう考えると、にやけが止まらなかった。ついに、かかったわね。
「わかったわ。カーテンを開けてみる」
「かしこまりました」
女は、静かにカーテンに近づいた。不審者に逃げられたら困るからだ。そして、胸ポケットのジャックを取り出し、その刃をむきだしにした。
そして、サッとカーテンを開けた瞬間、黒い何かが逃げていくのが見えた。逃げた先を見ると、どうやら猫のようだった。女は舌打ちをすると、ジャックを折りたたみ、元の位置にしまった。
「必ず、人とは限らないのね。やっぱり不良品だわ」
女はスピーカーをいちべつすると、シャワーを浴びに浴室へ向かった。
そしてある日のこと。女が帰宅すると、部屋の様子が変わっていることに、すぐに気が付いた。ベッドのシーツが乱れ、衣類が床に散乱していた。女は、すぐにスピーカーに話しかけた。
「不審者かしら」
すると、スピーカーは答えた。
「いいえ。不審者は、この部屋に侵入していません」
よかった。大丈夫みたいだ。女は安心して、そのまま浴室へ向かおうとした瞬間、
「ところで」
スピーカーがしゃべりだした。
「あなたと、この部屋の所有者の関係が不明です。所有者から直接説明を受けていません。今すぐ、所有者から……」
その瞬間、女はスピーカーに飛びつき、そのコードを勢いよく引き抜いた。そして、胸元からジャックを取り出すと、スピーカーに突き刺した。そして、ジャックを引き抜いては、また突き刺すを繰り返した。スピーカーは、すでに原型をとどめていなかった。
すると、後ろの玄関からカチャリと、カギが開く音が聞こえた。女は手を止め、玄関の方をみると、ニヤリとしてつぶやいた。
「おかえり…私の彼」