感動したい

【フリー小説】虚言癖

虚言癖

少年は虚言癖だった。彼はことあるごとにウソをついていた。しかし、彼は誰かを困らせようとして、ウソをつくわけではなかった。自分が損することが怖くて、ついウソをついてしまうのだ。

少年は、そんな自分が嫌いだった。何ごとも正直に話すほうが、良いに決まっている。しかし、このクセを直すことは、不可能だった。一度ついたウソは、別のウソを呼び、そして波のように広がる。まるで、整った水面に小さな石を落としたかのように。そして、水面は二度ともとの状態に戻ることはない。

きれいな心につけた泥は、たとえ一度であっても、こびりついて取れなかった。そうなれば、むしろ泥で塗り固めたほうが、少しはマシになるというものだ。気づけば少年の心は、泥だらけになっていた。

そして、あの日。少年は仕事をしていた。馬の世話をする仕事だ。馬はかしこいというが、それは本当のようだ。少しでも手を抜いて、楽をしようとすると、やつは決まって暴れ出すのだ。だから少年はこの仕事が嫌いだった。少なくとも、ウソをついて楽をしようとする自分には向いていない。しかし、うまくこの仕事をやめられても、この性分で今後生きていけるかどうか。また雇い主には、この仕事が天職などとウソをつき、無理に雇わせてもらっているのだった。

仕方なく少年はいつものように、馬とにらめっこをしていると、ふいに馬小屋の外から足音が聞こえた気がした。雇い主かと思い、はっと振り返ると、そこには少女がいた。自分と同じくらいの年で、田舎町に似合わない整ったワンピースを身につけていた。

「ごめんください。ここに馬の名手がいると聞いたのですが」

雇い主のことだった。雇い主はこの町でちょっとした名手だった。確かに雇い主は今、屋敷の中にいる。しかし少年は、その説明を面倒に感じて、こう言った。

「残念ですが、彼は今、外出しているのです。また後日お越しください」

「わかりました。失礼いたします」と言って、少女は立ち去った。という光景を少年は思い描いた。しかし、彼女の反応は違った。

「急を要すると言ったら」
「は。と言いますと」
「私は今、時間がないの。彼がいないとなると、あなたしかないわね」
「いえ、すみませんが、私はただの雇われ人でして……」
「馬の世話しているんだから、扱いには慣れているでしょう。早く行くわよ」
「な……」

少女はつかつかとこちらに向かうと、馬の手綱を奪うように取った。少年はその乱暴さを見て、頭にきた。

「おい、そんなに乱暴に扱うと、馬が暴れるぞ」

しかし、馬は暴れる気配はなく、じっと少女を見ていた。なぜだ。いつもだったら暴れて手に負えなくなるというのに。そして、少年ははっとした。もしかしたら、こいつ女に対しては優しいのか。

「早く準備して」
「は、はい」

少年は、少女に言われるがまま出発の準備をした。しかし、少年は馬に乗ったことはほとんどなかった。雇われてすぐの頃に一度、雇い主から無理矢理乗せられた記憶だけだった。

しかし少年は、ウソを撤回して、実は雇い主は屋敷にいると言う気にはならなかった。それは今さら撤回すると、余計に面倒になりそうだったから、そして何しろ、この平凡な仕事を少しでも抜け出したいと思ったからだった。準備が終わると、早速二人は馬に乗って走り出した。

そして、二人は二度とここに戻ってくることはなかった。

馬を走らせている道中、少女に話を聞いても、何かとはぐらかされるだけで答えてくれなかった。しかし、どうやら何者かに追われているということはわかった。それは甲冑に身を固めた、明らかに位の高そうな騎士たちが、こちらを見て追いかけてくるからだった。

少年たちはひたすら長い旅を続けた。しかし、その旅は決してつらくはなかった。あるときは賑やかな街の朝市に出かけて面白い飾り物を見つけ、またあるときは、酒場の豪快な男たちに混ざって乾杯のマネをした。二人は時に笑い合い、時に助け合い、気づけば絆でつながっていた。

そして、ある晩のこと。いつものように荒地の隅で、焚き火の暖をとっていると、少女が口を開いた。

「私、王族出身なの」
「へえ」
「ねえ。あまり驚かないじゃない」
「まあ。だいたい察しがついていたからね」
「ほんとうかしら。あなた、たまにウソをつくものね」
「ごめん。でもこれは本当だよ」
「ふうん」
「逆に君こそ、よく考えた方がいいんじゃないか。正直すぎて、君は損をしているよ。ほら、あの占いのおばあさんに大金を渡そうとしたときは、さすがにヒヤリとした」
「あれは悪かったわ。でも私、ウソが嫌いなの。だからこうやって、正々堂々親族から逃げているのよ」
「正々堂々逃げるって言葉、初めて聞いたよ」

二人は笑った。こんなに楽しいのは、初めてかもしれない。少年はウソをつかずとも、人生を楽しめることを知った。二人の前の焚き火は、二人の顔を明るく照らしていた。

「ねえ」
「うん」
「私、今まで王宮の中がすべてで、世界はつまらないと思っていた。でも今、外の世界を知って、あなたを知って、面白いものをたくさん知った。私の知っていることって、ほんの一握りなんだって思った」
「僕も同じ気持ちだよ」
「そこでなんだけど」
「うん」
「これからも、あなたとずっと一緒にいてもいいかしら」

少年は驚いて少女の顔を見た。少女はこちらの顔をじっと見つめている。

「もちろんだとも。あ、ウソじゃないから。そんなウソつかないから」
「ありがとう」

少女は静かに空を見上げた。少年もそれにつられて空を見上げた。いつにも増して星が輝いて見えた。

翌日。少年は市場で夕飯の材料を買おうとしていた。少女は道中疲れたらしく、先に宿屋で休憩をしていた。

屋台で夕日に暖かく照らされた果物を見ていると、ふと冷たい視線を感じた。まさか。少年が振り返ると、甲冑の男たちがこちらに向かって歩いていた。少年はすかさず、その逆方向に逃げ出した。それにつられて、騎士たちも勢いよく走りだした。

少年は市場の路地へ逃げ込んだ。しかし、それを見越していたかのように、そこに甲冑の男が待ち構えていた。入り口へ戻ろうとするも、すでにふせがれており、少年はついに男のひとりにつかまってしまった。

血眼の騎士は、少年を壁に抑えながら、耳元でささやいた。

「やあ少年。元気か。まあそんなに焦るな。ここまで追いかけっこを続けてきた仲じゃないか。話し合いをしよう。今日はその約束をしにきたのさ」

その冷静な言葉に反し、少年を抑える力が強くなった。少年はその手を振りほどこうとするも、びくともしない。腕から憎しみが伝わってくるようだった。

「今日の深夜、この町の教会に来い。姫君と一緒にだ。一人で来たら、どうなるか、わかるよな」

周りの騎士が、その鋭い槍を背中に軽くつきつける。

「ああ、わかった」

少年がそう言うと、血眼の騎士はゆっくりとその手を離した。

「じゃあな、少年。聖人であることを祈っているよ」

血眼の騎士たちは、そのまま、どこかへ去っていった。

その夜。宿屋のロビーで、少年は本を読み、少女は編み物をしていた。約束の時間は刻々と迫っている。

「編み物ってこんなに難しいのね。衣類が高値で売れる理由がよくわかるわ」
「君は、ちょっと不器用だからね」
「ねえ、あなたはどうなのよ」
「できるけど、君を信頼しているからあえてやらないのさ」
「あら、本当。じゃあもう少し頑張ってみるわ」

少年は時間がたつにつれ、胃液が喉元まで込み上げるようになった。手汗が止まらない。

「上に行って風に当たってくる」
「いってらっしゃい」

少年は階段を上がって、自分の部屋に入った。

それから、どれほどたっただろうか。一向に少年がこちらへ戻ってくる気配がなかった。

「寝てしまったのかしら」

少女は少年の様子を見に行くことにした。少年の部屋のドアを叩くも、返事がない。

「ちょっと。入るわね」

少女はドアを開けた。しかし、そこに少年はいなかった。開いた窓から乾いた風の音が聞こえた。

少女は窓に近寄ると、窓枠にロープが繋がれており、それは下まで続いていることが分かった。窓から外を見ても、あたりは真っ暗で何も見えなかった。少女は呆然とした。机を見てみると、手紙が一枚置いてあった。少女はそれを手に取って、読んだ。

《君が見ていると言うことは、僕はすでに出て行ってしまったということだ。すまない。実は今日の夕方ごろ、君専属の騎士たちに囲まれてしまって、教会に行くように命令されたんだ。でも心配しないでほしい。僕一人で大丈夫だって言っていたから。でも教会に近寄るのだけはやめてほしい。そして、早くここから逃げてくれ》

少女は手紙を読むやいなや、すぐに宿屋から飛び出していった。その行き先は町の外などではなく、町の教会だった。

早くここから逃げてくれ、って冗談じゃないわ。ここまで一緒に旅してきたというのに。それに大丈夫なわけないじゃない。たとえ私が他に鈍感であっても、あなたの考えることだけは分かるのよ。

教会の重厚な扉を開けると、その中央で少年が血を流して倒れていた。少女はその姿に膝から崩れ落ちそうになりながら、少年のもとへ駆け寄った。

少年は幸運にも息をしていたが、少女にはどうすればいいか分からなかった。とにかく少年の名前を呼び続けていた。すると、かすかに少年の目が開いた。そして少年は笑みを浮かべながら言った。

「…やあ、君か。どうして、こんなところに、いるの」

少年の声は、途切れ途切れでかすれていた。

「どうしてって、あなたのことが心配だったから。大丈夫なの。この血はどうしたの。何があったの」
「ああ、これ。これは、血じゃなくて、トマトの汁さ。屋台で、買ったやつ。ほら、本物そっくり、だろう」

どうみてもその赤黒い液体は、トマトの汁には見えなかった。

「あいつら、僕を少しつついたら、思いのほか、血が出たみたいで、驚いて、どっかに、行ってしまったよ。作戦、成功だ。だから、心配……」
「もうやめて」

少女は少年の言葉を制した。

「ウソはもう、嫌だから。私のためでも、やめて」

少年は作り笑顔をやめ、本来のつらい表情になった。汗の量が尋常ではない。

「そっか。正直、僕はもう長くない、と思う。ごめん。約束を破って。君とずっと、一緒にいてあげられなくて。でも、これは報いだと、思うんだ。今まで、ウソをつき続けた報い。そこの神が、僕に天罰をくだしたんだ」

「そんなことないわ。確かに、最初の頃のあなたは、自己中心的で、自分が得をしたい一心でウソをついていた。でも今は違う。あなたは私を心配させない一心で、ウソをついている」
「じゃあ、君は、誰かのためなら、ウソをついていいと、言うのかい」
「優しいウソなら。でも、自分を犠牲にするのはやめて。それは誰のためにもならないから」
「そっか。僕は、大きな勘違いを、していたのかもね……」

すると、開いた扉から、駆けつける足音が聞こえたかと思うと、少年の隣に、男が滑り込んできた。そして隣にバッグを置くと、急いで中をあさり始めた。

「君、意識はあるのかい。急いで止血するから、気を確かにして待っていてくれ」

そうして、男はバッグから、針やら、注射やらを取り出し、少年の体に治療をほどこしていった。少女は、その様子にしばらく唖然としていた。そして少年は気づけば、眠りに落ちていた。

「あなたは一体」
「わたしは王族直下の医者。最近配下についたのだから、知らなくても当然だ。それにしても間に合ってよかった。一歩遅かったら、命を落としていたところだよ」

どうやら彼は、王族騎士の動向が気になって後をつけていたようだった。

少女は静かに眠る少年の手を握ると正面の十字架を見てつぶやいた。

「ウソに罪はないわ。その言葉が、誰かを想っているかどうか。そうでしょう、あなた」

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