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【フリー小説】対策にあふれた腕時計

対策にあふれた腕時計

青年は、この商談を必ず成功させなければならなかった。それは、自身の昇進をかけたラストチャンスだったからだ。この機会を逃すと、おそらく数年は訪れないだろう。

青年は極度の心配性で、この日のために、長い間準備をしてきた。資料、コミュニケーション、プレゼンテーション。どれも一流レベルまで、磨きをかけてきた。しかし、青年の不安は尽きなかった。なぜなら、それだけでは対処できない問題が起こりそうで怖かったからだ。

そこで、青年はひとつの解決策を見い出した。それは、自分の腕時計に細工を仕掛けるというものだった。何か起こりそうな問題を思いつくたびに、青年はそれに関する機能を、次々と腕時計に加えていった。最終的に腕時計は、一般のものより数段、分厚くなっていた。

そしてついに迎えた、商談の日の朝。青年は、腕時計のアラームで目を覚ました。腕時計を手に取り、十二時の方向のボタンを押すと、青年はそそくさと支度を始めた。支度といっても、ほとんどすることはない。軽い朝食と入浴。そして、きれいに整ったスーツを着て、身なりをしっかり整える。それ以外は、すでに前日までに準備をしていた。

腕時計の文字盤を見ると、そこには気圧計があった。青年は気圧計を確認した。どうやら今日はいい天気らしい。そして、机のそばに置いてあるイヤホンを一時の方向の差込口にさすと、そこからテンポのいい音楽が流れ始めた。低血圧の青年にとって、音楽で気分を上げることは大事なことだ。そして、そのまま元気よく外へ出かけていったのだった。

商談相手のもとに向かっている途中も、青年は抜かりがなかった。青年は文字盤を見た。気圧計の隣には、方位磁石が用意されている。青年はその方角をよく確かめていたので、道を間違える心配はなかった。

そして、予定されていた時間のおおよそ三十分前にたどり着き、案内係から商談の部屋の前まで案内された。部屋の中まで案内しないとは不親切だと思いつつ、青年はそのドアを開けようとした。しかし、ドアノブは、がちゃがちゃと音をたてるだけで、びくともしなかった。どうやらカギがかかっているようだ。青年は眉をしかめた。商談を成功させるには、相手よりも早く着いていることが、絶対の条件だった。すでに部屋の中で待っている様子を彼に見せて、商談に対する熱意を伝えるのだ。

しかし、カギについて周りにたずねるわけには、いかなかった。周りに少しでも弱みを見せてしまっては、巡り巡って、商談が失敗する可能性がある。何が起こるのかわからないのが、商談というものだ。青年はそのドアの周りをよく見てみた。どうやら社員カードを使って、開けるタイプのようだった。

青年は周りを見て、誰かが見ていないかを確認すると、腕時計の十一時の方向のボタンを押しながら、カードを認識する部分に腕時計をかかげた。すると、機械はドアの解錠を知らせた。この十一時のボタンは、一時的にここの社員情報をハッキングする機能だったのだ。青年はそのままドアを開き、ソファに腰掛け、相手が来るのを待った。

しばらくして、商談が始まった。商談は最初から好感触だった。準備をしてきた内容が、ぴったりと相手の心に当てはまったのだ。青年は心の中で、よしとつぶやいた。しかし、お金の話をし始めると、相手の顔の雲行きが怪しくなってきた。どうやら考えていたものと違っていたらしく、値下げを提案してきたのだ。

青年はそのアクシデントに慌てるどころか、意外にも落ち着いていた。青年の答えは、ノーだ。値下げを受け入れて契約が成立しても、それは商談の成功ではない。あくまでも、こちら側の提案を受けてもらうことが大事だった。

その答えを受け、商談相手が悩んでいると、その瞬間、腕時計からアラームが鳴った。商談の終了時刻だ。そして、相手はあきらめたようにイエスを出した。契約成立だった。青年はたまらず、笑顔になった。いやしかし、慌ててはいけない。まだ、最後の試練が待ち受けている。

青年は相手に、契約の書類にハンコを押すことをうながした。少しでも、相手に考えなおすスキを与えてはならない。相手は胸元から印鑑を取り出し、書類に押印しようとした。しかし、インクが切れているらしい。あたふたと体を触っているが、朱肉が見つかる気配はない。

青年はじれったくなって、ついに腕時計の三時の方向にあるボタンを押した。すると、腕時計の文字盤が開き、そこに朱肉が現れた。青年は腕時計をはずして、相手に差し出した。相手は青年に感謝し、朱肉にハンコをつけ、丁寧に書類に押印した。そして、これが相手にとどめをさしたらしい。さっきまで不安そうだったその顔は、決意を固めた勇ましい顔になっていた。そして、青年は書類をカバンに収め、そそくさと帰る準備を始めた。

その時のことだ。ドアをノックする音が背後から聞こえた。ドアが開くと、そこには作業着の男が立っていた。しばらく青年は、商談相手と作業着の男の会話を、書類をカバンに片付けながら聞いていると、作業着の男はここの管理人だということがわかった。この部屋のカギが何者かに、不正に開けられたという話だった。商談相手は、自分に身に覚えがないと言った。そして、その疑いの目は青年に向けられた。

青年は不思議と冷静だった。原因は明らかに、あのハッキング機能だったが、問題は今の打開策だった。しかし、その策はもちろん、事前に考えてある。

作業着の男が、青年のもとへ近づこうとした瞬間、青年は瞬時に男のほうへ振り向き、腕時計を水平に構え、六時の方向のボタンを押した。腕時計から小さな針が発射されたかと思うと、それは男の首元に直撃した。男は力なく床に崩れ落ちた。そして今度は、その様子に口を開けている商談相手に、同じく腕時計から麻酔針を打ち込むと、商談相手も力なく床に崩れ落ちた。

青年はその様子を見て、一仕事が終わったかのようにため息をつき、書類を持って意気揚々と部屋を出るのであった。

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