「あなた。郵便が届いていたわ。何かしら」
妻は玄関から戻ると、オレにA4ほどの封筒を手渡した。もしかして、あの試験の結果が送られてきたのか。そう思うと、オレの背中に緊張が走った。
オレはそれを受け取ると、ハサミを持ってきて慎重に封を開けた。心臓がばくばくと鳴って止まらない。
そして中を見た。入っているのは一枚の紙のようだった。オレはそれをさっと取り出すと、書かれている内容を見た。そして思わず、ガッツポーズを決めた。
「よし、合格だ」
「あら、あなた。資格の勉強していたのね。気づかなかったわ」
妻がオレから合格通知書を取ると、その内容を確かめた。すると、妻は首をかしげた。
「……しりとり士? 初めて聞いたわ、そんな資格。何なのこれ」
「最近できた国家資格だよ。ほら、国が国民の語彙力不足を解消する政策を挙げただろ。その一環だよ」
「何も、しりとりに資格をもうけなくてもいいと思うけど」
「オレに言っても、しょうがないだろ。国が決めたことなんだから。それに簡単じゃないんだぞ」
オレは妻から通知書を奪い取ると、額縁に飾った。やはり額縁があると、見栄えも変わっていいものだ。オレは額縁を寝室に飾った。
そして夕方、息子がランドセルを背負って帰ってきた。
その顔を見ると、どうやら何か悲しいことがあったらしい。しょんぼりとしている。それを見てオレは心配になった。何かいじめにでもあっていないだろうか。
夕飯時に、それとなく言ってみることにした。
「なあ。学校で何かあったら、迷わずオレや母さんに言うんだぞ。一緒に考えてやるからな」
「うん」
それからしばらく、息子は黙って箸を動かしていたが、決心したかのように口を開いた。
「父ちゃん」
「どうした」
「どうやったら、しりとりって上手になるのかな」
「しりとり?」
「うん。全然勝てないんだ。それで、友達に弱すぎるってバカにされているんだ」
そうか、なるほど。だから、あんなにしょんぼりしていたのか。
「そうか。それは、父さんが教えてやる。父さんはしりとりの達人なんだ」
「そうなの?」
「ああ。しりとりに勝つ方法は、まず単語をいっぱい覚えるところからだが、それはすぐにできることじゃない。コツコツの積み重ねだ。
即効性のあるテクニックとしては、そうだな、簡単なのは最後の文字を同じにして相手に返すことだ」
「どういうこと?」
「たとえば、『い』で来たら『いくら』、『こ』で来たら『こあら』で、最後を『ら』にして相手に返すんだ。
『ら』が最初の単語は少ないから、相手はいつか言葉につまるようになる」
「へえ。そうなんだ。もっと教えて」
オレはそれからも、しりとりに勝つ様々なテクニックを息子に話した。それを聞く息子の目は輝いていた。そして、オレもそれを見て嬉しくなった。
こんなに早く資格が活きてくるとは思わなかった。しかも、一番大事な家族に対して。
「父ちゃん、ありがとう。これで負ける気がしないよ。明日友達にぎゃふんと言わせてやる」
息子は大げさになぐるフリをした。
「ああ。思う存分やってこい。でも、やり過ぎはダメだからな」
「ちょっと。おしゃべりに夢中なのはいいけど、ちゃんと食べなさいよね」
妻が会話をさえぎり、息子の皿を指さした。そこには、息子が嫌いなニンジンとピーマンが残されている。
「ええ。だって、苦いんだもん」
「好き嫌いしたら、強い大人になれないわよ。食べなさい」
「はあい」
息子は仕方がなく、ピーマンを口に運んだ。すると文字通り苦い顔をした。しかし、本当に素直でいい子だ。
「ほら、あなたも」
妻は指をさした。オレの皿に残っているのは、息子と同じくニンジンとピーマンだった。それを見ると、オレは苦笑いして妻に言った。
「すまない。これは好き嫌いじゃなくて、職業病なんだ」