少年はベッドにこもっていた。今日はいつにも増して学校に行きたくない気分だった。母親が起こしに来た時は、風邪を引いたというウソをついた。母親はそれについて深く言及せず、「学校に連絡するから」と言って、少年の部屋を出ていった。
こういったウソをつくと、後々罪悪感が生まれるものだが、少年はそのようなものをまったく感じていなかった。それどころか、どうすればもっとサボれるようになるのか、必死に考えていた。しかし、その純粋な頭で考えられることは限られており、また飽きっぽい性格も相まって、早々に考えることをやめた。
少年の両親は共働きで、昼頃には二人とも仕事に出かけていた。少年は二人が出ていった頃合いを見て、退屈しのぎに外へ出かけた。しかし、友達はみな学校に行っているので、いつものように、追いかけっこで遊ぶことはできなかった。仕方なく、少年は近所の商店街へ足を運んだ。
商店街は平日の昼頃にもかかわらず、閑散としていた。少年は何も考えず、通りを歩いていると、二つの降りたったシャッターに挟まれた、細い裏路地を見つけた。その奥をよく見ると、ぼんやりと明かりが見えた。少年はその好奇心から、裏路地に入ることにした。裏路地は、表通りと違ってひんやりとしている。少年は、運動場の土管のなかを思い浮かべた。しばらく進んでいくと、怪しげな電気屋にたどりついた。どうやら明かりは、その中からのようだった。
少年が店をのぞくと、そこには大量の人形が置かれていた。人形はどれも、のっぺらぼうのように顔がなく、どれも同じ見た目をしていた。それを見た少年は、不気味な気分になって、その場から少しずつ離れようとした。すると店の奥から店主と思わしき女性が出てきた。
「あら、いらっしゃい。こんな時間にどうしたの、ボク」
その女性は、自分の母親と同じような雰囲気だったので、少年は親近感を覚えた。
「今日は学校をサボってきたんだ。だって学校つまんないだもん」
「そう。そんな時もあるわ」
「うん。僕は、友達がいっぱいいるんだけど、みんな意地悪なんだ。僕が遊ぼうと言っても、みんな嫌だって言うんだ」
「ねえ、ボク。学校もっとサボれたらいいなと思わない?」
「うん。サボりたい。サボって、おうちでゲームしたい」
「そっか。ちょっと、こっちに来てくれる?」
少年は女性のもとへ駆け寄った。女性は近くの少年と同じ背丈の人形をなでながら言った。
「このお人形さんはね。身代わりロボットなんだよ」
「身代わりロボットって?」
「ボクの代わりに、学校に行ってくれるの。ちゃんと、お勉強もするし、ちゃんと、みんなと仲良くすることもできるの」
「すごい。ほんと?」
少年はその目を輝かせた。これで、ずっとゲームができる。しかし、すぐに残念そうな顔をした。
「でも、僕お金持っていないから」
「大丈夫、タダであげちゃう。嫌になったら、すぐに返してもいいからね」
「いいの?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、ほしい」
「はい、どうぞ。お家まで運んでいってあげるね」
少年と、その身代わりロボットは、車で家まで送ってもらった。そして、少年は身代わりロボットを必死におぶって、自分の部屋まで運んこんだ。早速動かしてみようと思い、あちこちぺたぺたと触ってみたが、どうやって動かすのか分からない。
「もう、わかんない。動け! ゴマ!」
その瞬間、人形はその目を光らせたかと思うと、少年そっくりに変身した。少年は感動した。一見すると、いや、じっくり見ても、人形は少年そっくりだった。
「ようし、学校に行ってこい」
そう言うと、身代わりロボットは少年のランドセルを持って、そのまま外へ出ていってしまった。少年はその嬉しさに鼻息を荒くし、テレビゲームの電源を入れた。
そこから、少年の生活は一変した。少年は朝いつも通り早く起きて、家族と一緒に朝ごはんを食べた。そして自分の部屋に戻ると、ベッド下に横たわっている身代わりロボットに声をかける。身代わりロボットは勝手に支度を始めて、そのまま学校へ向かった。そして両親がいなくなったすきに、少年はやりたいことを好き放題にやっていたのだった。
身代わりロボットは、学校から帰ってくると、そのまま机に向かって宿題を始めた。少年は、そんなことは知らんぷりだった。両親が帰ってくる頃には、ロボットは勝手に、少年のベッドの下に潜って、電源を落としていた。晩ご飯を食べていると、たまに学校のことを聞かれるが、それは、うまくウソをついてごまかした。
そして、一ヶ月ほどたったある日。仕事から帰ってきた母親は、少年の部屋をノックした。少年はドアを開けた。
「さっき、学校から連絡があってね。明日の朝、職員室に来てもらうように、あなたに言ってくれないかって言われたわ。何か悪いことでもしたの?」
「いや、何もしてないよ」
「そう。とにかく、そういうことだから、明日は早めに学校に行ったほうがいいわよ」
「うん。わかった」
母親は、少年の部屋を出るとドアを閉めた。少年はベッド下をのぞきこみ、身代わりロボットをにらめつけた。明日何かあったら、ただじゃおかないからな。
翌日、さすがに今回は、身代わりロボットに登校させるわけにもいかず、しぶしぶ、自分で学校に行くことにした。登校中の景色は久しぶりで、新鮮に感じられた。
少年が自分のクラスにつくと、友達たちがこちらを見た。少年は明るく、
「おはよー」
とあいさつをした。友達たちはこちらに手をあげたが、すぐにどこかへ行ってしまった。何か、嫌な予感がした。やはり、身代わりロボットがなにかをやらかしたのだろうか。ランドセルを机に置くと、そのまま職員室へと向かった。
職員室に入ると、担任がこちらに気づき、手招きをした。少年は恐る恐る、担任のもとへ向かった。
「おはようございます」
「おはよう。今日は、急に呼び出しちゃってごめんね。でも、ちょっと大事なことだから、よく聞いて欲しいんだけど」
少年は、固唾をのんだ。
「最近、とってもテストの点数がいいじゃないか。塾にでも行き始めたのかい?」
なんだ、そんなことか。身代わりロボットの頭がいいから、それは当然のことだ。少年は、安堵の息をついた。
「いや、行ってないです。その、将来のことを考えて、ちゃんとしなきゃと思って」
「そっか。ちゃんと、友達と遊んでいるようだし、先生安心しちゃったよ」
担任は、その大きな口で笑った。少年は苦笑いをした。
「じゃあ、僕、戻ります」
「あ、ちょっと待って。もう一つ」
まだ、何かあるのか。僕は早く帰って、ゲームがしたいというのに。
「友達とうまくいっているかい?」
少年は朝の友達の反応を思い出して、少しどきりとした。しかし、電気屋のお姉さんが「ロボットは友達と仲良くできる」と言っていたのを思い出した。
「はい。仲良しです」
「そっか。うん。よかった。じゃあ、またね」
何か歯切れが悪いものを感じたが、担任は陽気に手を振ってきた。少年は、会釈をすると、そのまま職員室から出ていった。
それから、少年は自分の席について授業を受けていたが、サボる前とほとんど変わらなく、退屈なものだった。変わったことといえば、友達が以前よりも、少年と距離をとっているように感じることだった。
放課後、少年は友達のグループに声をかけた。
「ねえ、遊ぼうよ」
「うん、いいよ」
「悪い。オレ、塾があるんだ」
少年は断った友達に対して、むっとした表情になった。やっぱり僕と一緒に遊びたくないというのか。すると、その顔を見た友達たちは、みるみるうちに笑みを浮かべ、ゆっくり席から立ち上がった。そして、少年の肩をゆすって言った。
「おい。いつものおまえじゃん。いままでどうしたんだよ」
「え、どういうこと?」
「どういうことって、最近、おまえずっとニコニコしていてさ。何があっても、全然怒らないんだよ。今までずっと、断るやつに怒っていたおまえがさ。それが気持ち悪かったんだ。なんというか、いいやつなんだけど、ロボットみたいだった」
「そうそう」
少年はそれを聞いて、唖然とした。確かに電気屋のお姉さんの言う通り、ロボットは友達と仲良くしていた。しかしそれは、一般的に誰かと仲良くなるための、最適な方法をただ機械的に実行しているだけだったのだ。そう思うと、少年は胸が苦しくなった。
「そういう、怒っているところも、おまえらしいからな」
「そっか。ごめんね。ずっとロボット病にかかっていて」
「そんな病気ねーよ」
少年たちは、笑い合った。そして、少年は二度と身代わりロボットを使わないと心に誓った。
数日後、電気屋のカウンターには、あの女性が静かにたたずんでいた。その隣には、少年の人形。そして、カウンターの奥には、まったく同じ姿の女性が、畳に寝転がって雑誌を読んでいた。
「やっぱり、ダメね。ロボットにロボットを売らせても、ろくに稼げやしないわ」