会場全体が歓声につつまれていた。舞台には二人の男が立っており、彼らは客席に手を振っていた。一人は白衣に身を包んだ老人、そしてもう一人は、パーカー姿の青年だ。今年のロボットダンスコンテストの優勝者が、ついに決まった瞬間だった。
数日後。二人はカフェのカウンター席に座っていた。
「それにしても、変わったコンテストじゃったの。人がロボットダンスをするのではなく、ロボットがブレイクダンスをするとはな」
「ええ、うまくいってよかったです。あなたのおかげですよ、博士」
「わしは何もしておらん。練習中はただおぬしの横につっ立って、プロの情報を調べていただけだからの」
「ダンスの練習よりも、ずっと大事な練習があったでしょう」
「それは、おぬしもじゃろ」
博士は熱々のコーヒーをじっと見つめると、それを一口すすった。青年は何もないカウンターにひじをつき、外を眺めている。
「やっぱり、わしがコンテストに出るべきだったと思うのだが」
その言葉を聞いて、青年はカウンター席からずり落ちそうになった。
「な、何を言っているんです。体が壊れたらどうするんですか」
「わし、丈夫じゃから」
博士は二の腕を曲げ、その力こぶを青年に見せつけた。青年はため息をついた。
「冗談じゃよ。それにしても、審査員にばれるリスクを冒す必要はなかったんじゃないのかね。そりゃ、人が人らしいダンスをすれば、高評価に決まっておろうが」
青年は慌てて周りを見回し、博士に向かって人差し指を立てた。
「しっ。それは、公共の場では言わない約束ですよ」
「す、すまない」
「とにかく、私たちには資金が必要なのです。時間を惜しんで練習をしていたのは、そのためでしょう」
「そうじゃったな。それで、これから何をするんじゃったか」
「忘れっぽくなりましたね、博士。あのタイムマシンを直すのです。直して早くもとの時代に帰りましょう。私はもう、この時代に疲れました」
青年は肩を落とすと、話を続けた。
「もともと、こんなはずではなかったのです。この時代に着くや否や、タイムマシンは壊れるし、博士の老化が思ったよりもひどいし、それで結局私がコンテストに出場する羽目になるとは、思いもしませんでした。未来の技術力を見せつけてやろうと、意気込んだ私がバカだったのです」
青年は博士をちらりと見た。その顔は、いっそう老けているように見えた。しかし、博士はじっとこちらを見つめている。博士は深く息を吸って、話し始めた。
「確かに、わしは老いを防ぐことはできぬ。おぬしが組み込んだ、老いの遺伝子を制御することができないのじゃ。それで迷惑をかけて申し訳ないとも思っておる。もともと、わしがコンテストに出場する予定じゃっただろう。
しかし、わしは嬉しいのじゃ。おぬしがわしに老いを与えてくれたことは、心の底から感謝しているのじゃ。同族たちは不老不死に喜んでおったが、そいつらはみな、とても楽しそうな人生には見えんかった。
そして、気づいたのじゃ。人間らしさとは『老い』じゃ。人は老いてしまうから、今この瞬間に一生懸命になれるのじゃ。わしは、この老いが誇りなんじゃ」
青年は口をぽかんと開けたまま、博士の話を聞いていた。そして、くすくすと笑い始めた。
「……なんじゃ。おかしなことでも言ったかの」
「やっぱり、博士は博士ですね」
「な、変なやつじゃ。早く未来に帰るんじゃろう。そろそろ研究室に戻るのじゃ」
無邪気な青年としわくちゃな老人は、そのままカフェを後にしたのだった。