人類とロボットの戦争は、過酷を極めていた。
緑であふれていた大地は、すでに荒野と化し、人口は戦争前と比べて、おおよそ半分になっていた。それに対して、ロボット軍はその力を強め、かつて人類が築きあげてきた高層ビル群を占拠していた。ロボット軍のもとに渡った、その街の数は計り知れなかった。
戦争のきっかけは、誰も分からなかった。分かっているのは、ロボットが未来から来たということ、そして、そのロボットたちは、むごく憎たらしい、人殺しの殺りく兵器だったということだ。
「おい、何をしている。早くしないと、ヤツらがやってくるぞ」
「もうだめだ。私をおとりにして早く逃げろ」
「何を弱気になっている。そんな傷、自陣に戻ればすぐに治る。早く立つんだ」
「……」
「どうした」
「う、後ろ……」
男が後ろを振り返ると、一体のロボットがこちらに向かって、ゆっくり歩いてくるのが見えた。左肩には重厚な機関銃を、右肩には鋭いカタナをかけ、一歩ずつ、がしゃりとにぶい音をあげながら。その顔は、見たものを本能的に震えあがらせる鬼の形相だった。
「こ、こっちへ来るな」
男は腰から、黒く光る拳銃を取り出し、ロボットに向かって数発弾を打ちこんだ。銃弾はすべて、見事に命中し、高い金属音が鳴った。すると、ロボットは歩みを止めた。
「どうだ。やったか」
いや、違う。尻もちの男は直感的にさとった。これは、嵐の前の静けさだ。
徐々に、ロボットがくの字に曲がったかと思うと、次の瞬間、拳銃の男が真っ二つに崩れ落ちた。尻もちの男には、何が起きたのかまるでわからず、放心状態だった。
血の匂いで、尻もちの男は我に帰った。ロボットはその同僚を切ったカタナを一振りし、血を拭っていた。
男は絶望した。足を怪我しているなか。どうしようもなかった。戦える武器もすでに、戦場で使い切ってしまっていた。気づけば男は十字を切り、手を組んで神に祈りをささげていた。現実に、神などいないと知りながら。
しばらくの静寂が流れ、殺人ロボットはゆっくり動き出した。しかしそれは、男とは真逆の方向だった。ゆっくり、ゆっくり、きしむ音は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「助かったのか……」
男が目を開けた先に、ヤツはもういなかった。男はなぜ助かったのか、よくわからなかった。しかし、とにかく助かったのだ。男は安堵で、そのまま眠ってしまった。
男はひとつの仮定を立てていた。あの殺りくロボットは、襲ってきたものだけを殺すという仮定だ。つまり、こちらが悪さをしなければ、あちらも悪さをすることはない。しかし、これはあくまでも男の仮定だった。もしかしたら、今まで考えていたように、純粋な人殺しマシンの可能性もあった。むしろ、今までの戦争のことを考えると、その可能性の方が大きかった。
男は亡くなった同僚のために、ついに、自分を使って実験した。ロボット軍の本拠地に、単身で乗り込んだのだ。ただし、ロボットたちに刺激を与えるようなことは一切しなかった。すると、どういうわけか、ロボットたちは男を撃ち殺そうとせず、そのまま無視したのだ。ロボットたちは、男にかまわず爆発音がする激戦区へ向かっていったのだった。
「なんということだ。これは、とんでもない発見をした」
ロボット軍は自分に対して牙を向いたものにのみ、牙をむき返すのだった。その様子はまるで、しっぺ返しの、いたちごっこだった。どうやら私たち人類は、とんでもないことをしていたようだ。男はすぐさま、自陣に戻り、その詳細を説明するのだった。
そして、戦争の終結から、数十年がたったある日。少年たちは、緑であふれた公園で、ボール遊びをしていた。少年は、友人にボールのパスを渡すが、そのボールは虚しく友人の足元をすり抜け、遠くへ転がってしまった。
「おーい。大丈夫か」
「ああ。それより、今日は戦争終結から五十年記念日だってよ。なんでも、この土地はもともとロボットたちに支配されていたそうだ」
「信じられないよ。あの優しいお手伝いロボットさんが人間を殺していたなんて。でも、ロボット取扱法があるから、きっと本当なんだよな」
「ああ。ほんとだよ。おまえも気をつけろよ、な」
友人は、ボールを思い切りけった。
「おーい。下手くそー」
けったボールは、一直線に空へ舞い上がり、そして、公園の道端で植林をしているお手伝いロボットの頭部に直撃した。