感動したい

【フリー小説】増えるわかめ

増えるわかめ

「ついに、完成したぞ」

 博士は、濃い緑色をしたサイコロ状の物体を手に取ると、助手に見せた。

「なんです。これは」

「これは、非常食じゃ。ここ数年、気候変動によって海そう類が激減しているからな。将来に向けて、ワカメを長期保存できるようにしたのじゃ」

「おお、それは素晴らしいことです。そのまま食べるのですか」

「いや、そのままだとかたすぎて誰にも食べられぬ。水に浸して、もとのワカメに戻して食べるのだ。」

「なんと。いつも食料調達エリアからもらっている、保存用ワカメと一緒ではないですか」

「ただワカメを乾燥させたものではない。そこらへんのものと一緒にするな、わかぞう。ワカメに強力な力を加えて圧縮しているのだ。このキューブひとつで、人一人の十年分に匹敵する」

「十年分ですか」

 助手は驚きの表情を見せた。人が十年でどれだけワカメを食べるのか、よくわからなかったが。

「それだけの量だと、ワカメを戻しすぎるなんてことはありませんか」

「確かにそうじゃ。丸ごと水につけてしまうと、大変なことになる」

「具体的には、どうなるのですか」

「ワカメがエアバッグのように、急激にぼうちょうし、体に直撃する可能性がある。それだけならまだしも、狭い空間なら身動きが取れなくなり、最悪圧死するかもしれん」

 助手は、自分がワカメに圧死されるさまを想像して震えあがった。

「だから、実際には表面を削って戻すことになるじゃろう。少量の水でもちゃんと元に戻るのが、これのすごいところじゃ」

「いたずらで使われなければ、いいのですが」

「食べ物で遊ぶようなマナーのないやつに、これを渡すつもりはない。そもそも、このご時世に食べ物を粗末にするヤツなどおらんじゃろう。食物が豊富だった昔ならまだしも」

「それも、そうですね」

 その夜。研究室の窓に人影が見えたかと思うと、何やらゴソゴソと作業をしはじめた。黒板を引っかくような不快な音が少し響き、窓ガラスにまるい穴があいた。そこから手が伸び、窓の鍵をあけ、全開にした。そこから黒ずくめが中に入る。黒ずくめは研究室の食料を盗みにきたのだった。

「今までの様子から、食料に関する研究をしていることはわかっている。どこかにあるはずだ」

 黒ずくめはそのようにつぶやき、散らかっている研究室を物色し始めた。しばらく探しまわったあと、奥に厳重にフタがされてある箱を見つけた。

「これか」

 黒ずくめはそのフタを慎重に開けて、なかを見てみた。暗くてよく見えないが、どうやら小さいサイコロらしい。

「これが研究の成果か。どうにも小さい成果だ。こんなものに時間と労力をかけているなんて、なんとつまらんやつらだ」

 そのとき奥の階段をあがる足音が聞こえた。助手が先ほどの物音を不信に思い、様子を見にきたのだ。

「まずい」

 黒ずくめはサイコロをポケットに入れ、奥の個室へ駆け込みドアの鍵を閉めた。そこはどうやら便所のようだ。泥棒はドアに耳をあて、外の様子をうかがった。

「気のせいか……」

 かすかに声が聞こえ、足音は去っていった。助手は普段からのんびりしているので、研究室の異変に気づくことはなかった。

「助かった。ヤツらの頭が悪くてよかった。さて、あの獲物をじっくりと見てみるとするか」

 黒ずくめはポケットに手を入れ、サイコロを取り出した。その瞬間、黒ずくめは手を滑らせ、その濃い緑にギッシリとかためられたサイコロは便器の水のなかへ、ゆっくりと吸い込まれていった。

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ぱっちー
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