少年は物置でごそごそと探し物をしていた。
幼少期のおもちゃを調べるのが、今週末の宿題だった。奥から出てきた古びたおもちゃは、どれも懐かしいもので、少年は感慨に浸っていた。
後ろで何かが落ちる音がした。
「これは……?」
少年は二つのレモンを、両手で拾い上げた。どうしてレモンが物置小屋にあるのか、まったく見当がつかない。
よく見てみると、長い間ここに放置されているはずなのに、それはみずみずしく、まったく色あせていない。
少年は、それを台所にいる母にきいてみた。すると母はそれを見て、目を丸くした。
「早くどこかに隠して。お父さんに見つかる前に……!」
ちょうど、父が台所にやってきた。
「おい、酒はもうねえのか」
今日もあいかわらず、飲んでいるようだ。真っ赤な顔をした父は、少年の持っているレモンを見ると、大喜びして言った。
「おお。あのレモンじゃねーか。貸せ坊主」
そういうと、父はレモンを一つ奪い、台所の包丁を取り出した。
「さてさて。お金が増えますようにっと」
レモンに包丁を入れると、その果汁が飛び散った。あたりがキラキラと輝き、少年はまぶしくなって目を閉じた。しばらくして目を開けると、もとの台所に戻っていた。
「ちょっと。貴重なレモンをそんなことに使わないで」
「そんなことって何だ。お金が増えるのはいいことだろ」
「あのおじさんが言っていたこと、忘れたの」
「身の程知らずの願いってやつか。それは何が基準だ。年収か」
そこからエスカレートした夫婦ゲンカは、収まるところを知らなかった。
少年は片手にレモンを持って、ゆっくりとその場から離れた。それにしても、二人は最近、ケンカばかりしている。
後日のこと。衝撃的なことが起きた。父が気まぐれで買った宝くじが当たったのだ。
「一千万円だ。これで、仕事を辞められる」
父は跳ねて喜んだが、母はそれを気に病んだ。少年はその二人を見て、複雑な気分だった。
父はすぐに会社を辞表を出し、家でだらけるようになった。
母は何か始めるようにせかしたが、何もしようとしない。ただ毎日、酒飲みに明け暮れ、金遣いが荒くなっていった。そして気づけば、増えた貯蓄はほとんど消え失せていた。
母が激怒した日の夜。母は少年の部屋をノックしてきた。
「あなたに言わなければならないことがあるの」
少年はその話を聞いた。
「宝くじは、レモンのおかげなのよ。新婚旅行で海外に行ったとき、農家の人からもらったの。願いを込めて切ると、その願いが叶うってね。ただし度が過ぎると不幸になるとも言っていたわ。レモンは三つあって、あなたが生まれたのは最初のレモンに願ったからなのよ」
少年はうなずく。
「それで最後のレモンだけど、お母さんはもう十分よ。何を願っても、それは身の程知らずだから。あなたが生まれてからずっと、幸せだから。だからもう、それは捨てなさい」
母は少年の手を見た。そこにはレモンが握られている。
母が去った後、少年はレモンを眺めた。透き通ったイエローで、ふとした瞬間に消え失せそうだ。
「何を願っても、それは身の程知らず」
母の言葉が、頭にこびりつく。
少年はしばらく黙って悩みこむと、レモンを机に置き、引き出しからキャンプ用のナイフを取り出した。ナイフをレモンに当てる。
そして思い切り力を込めた。あの日と同じように、果汁があたりを輝かせる。しかし少年のまぶたが閉じることはなかった。少年は輝きを失ったレモンをゴミ箱に捨て、食卓へ向かった。
そこからずっと、少年の家族が不幸になることはなかった。どんなに小さなことでも暖かい気持ちになった。少年が願ったこと、それは。
「今の気持ちをずっと忘れませんように」