感動させたい

【ネタバレ注意】「NARUTO」を見直して分かった!3つの感動パターンとは?

ナルト

(※この記事は2021年5月17日に更新されました)

「感動する作品の特徴を知りたい」
「どうすればいいシナリオが思いつくのかわからない」

この記事はそんな方へ向けて書いています。

みなさんは「NARUTO-ナルト-」というマンガ(アニメ)をご存知でしょうか?

週刊少年ジャンプの国民的マンガで、世界的にも有名ですから、「知っている!」という方も多いと思います。

私は学生時代にアニメを見たことがありますが、詳しいことは覚えていませんでした。

この記事では、そんな「NARUTO-ナルト-」を見直して、涙を流して気づいた、感動を生み出すパターンを3つ、そしてそこから導き出した感動を生み出す方法を1つ紹介したいと思います。

先に結論から言いますと、感動を生み出す方法とは、

「◯◯だと思っていたのに、実は△△だと気づいた!」を作り出すこと、です。

どうやってこの結論に達したのか?
具体的にどうすればいいのか?

これらについて、「NARUTO-ナルト-」の3つの感動パターンを用いて説明しましょう。
アニメ版のシーズン「綱手捜索編」までを対象にしています。
それ以降は、まだ見れていませんので……笑

ちなみに、この記事の「感動を考える」という構成上、ネタバレが発生します。
「頭空っぽのほうが楽しめるなー😃」という人は、読まないことも検討してみてください。

「認めていない」と思っていたのに、実は「認めていること」に気づいた!

一番記憶に残るほど面白いのは第一話「参上!うずまきナルト」だと言っても過言ではないでしょう。

それほどまでに、この話は伏線のオンパレード。
涙なしでは見れないのです。

まずは登場人物のおさらいです。

第一話の主な登場人物

 

うずまきナルト
  • いたずらっ子
    偉大な火影の石像に落書きをするいたずらっ子。
    それには深いワケがあるのです。
  • 九尾が封印されている
    里に大きな被害をもたらした妖狐、九尾は四代目火影が命をかけてナルトに封印しました。
  • 親の愛情を知らない
    九尾に殺されたのかは定かではありませんが、親がいませんでした。
  • みんなに認めてもらいたい
    生まれてからずっと恐ろしい妖狐を抱えているナルトは、誰にも近づかれず、親もいない。
    つまり、誰にも認めてもらえなかったのです。
イルカ先生
  • 親を九尾に殺された
    ナルトに封印された九尾に親を殺された過去があります。
    ナルトを憎んでも不思議ではありません。
  • 誰かに認めてもらいたかった
    認めてくれる親がいなくなった彼はあえてバカをやって周りの気を引こうとしました。
    ナルトと同じように誰かに認めてもらいたかったのです。
  • ナルトの一番の良き理解者
    親がいないもの同士、ナルトの心情を裏では理解していました。
    親を九尾に殺されたのにもかかわらず、ナルトの孤独を理解して、存在を認めていたのです。

この物語の主人公はナルトです(そりゃそうだ)。

ナルトは生まれてこのかた誰かに認められるという経験をしたことがありませんでした。
なぜか親がいないし、なぜか誰も近寄らない(九尾が封印されていることは彼自身知らない)。
孤独をずっと感じていました。
そして、その寂しさを埋めるかのようにいたずらをして、周りの気を引いていたのです。

その様子を後ろから見守っていたのが、イルカ先生です。
彼ははたからみると、ナルトに厳しいように見えますがそれは愛情の裏返しというものです。

イルカ先生はナルトに封印された九尾に親を殺されました。
しかし、それでもナルトを恨むことはありませんでした。

それは、「九尾の狐」が悪いのであってナルトは悪くないから、そして、それよりも同じ両親がいないもの同士、その寂しさや苦しさを理解していたからなのです。

なぜか誰も認めてくれないと思っていたナルト(と話を進める読者)は、イルカ先生に守られてその事実に気づきます。

イルカ先生「そうだよなあ……ナルト……。さみしかったんだよなぁ……。苦しかったんだよなぁ……」

イルカ先生「(ナルトは)…努力家で一途で…そのくせ不器用で誰からも認めてもらえなくて……。あいつは もう人の心の苦しみを知っている……。今は もうバケ狐じゃない。あいつは木ノ葉隠れの里の……うずまきナルトだ」

つまり、イルカ先生はナルトを憎むくらい認めていないと思っていたのに、実は一番認めていたことに気づき、読者は涙が出るのです。

「鬼人と言われるほど冷酷」だと思っていたのに、実は「心を持っていること」に気づいた!

続いては、波の国編の最後、長く連れ添った白(ハク)が亡くなって、「霧隠の鬼人」と恐れられた再不斬(ザブザ)が泣いたシーン。

忍の世界には利用する人間と、利用される人間がいる。

だから利用される忍、死んだハクのことを「道具だから未練はない」と言うザブザ。

ザブザ「(中略)忍の世界には利用する人間と 利用される人間のどちらかしかいない。
おれたち忍はただの道具だ。オレが欲しかったのは あいつの血で あいつ自身じゃない。
未練はない…」

しかしナルトから、ハクがずっとザブザのことを「大切な人」だと親しんで、大好きでいたことを思い出し、感情を抑えきれず涙があふれてしまった。

まさに鬼の目にも涙

そして、倒れた後も「あいつの顔が見てェんだ」と言って、カカシにお願いするシーンも泣けますね。

ハクの隣に横たわるザブザ「…できるなら……お前と…同じ所に…行きてェなぁ…」

……やっぱり、大好きやったんかい。

忍びとして生まれてきた以上、感情をあらわにしてはならないという宿命を背負っている。
しかし、人間心を鬼にするにも限度がある。

そんな矛盾を抱えて生きなければならない辛さが、感動を生むのですね。

「天性の熱血バカ」だと思っていたのに、実は「あえてそうして忍道を貫いていたこと」に気づいた!

最後は、綱手捜索編「熱血師弟の絆〜男が忍道を貫くとき〜」のガイ先生が、怪我をして忍者生命を絶たれようとしているリーに言ったセリフ

ガイ先生「”忍道”を失うようなことがあれば 生きていけないような馬鹿さ…オレも お前もな…」

ガイ先生は「(じゃんけんに負けたら)木ノ葉の里を逆立ちで500周やってやる!」と自分で勝手に言って、自分で勝手にやるという一見するとアホです。

しかし、それは約束はたとえ馬鹿げていても必ず守るという忍道を貫くことこそが真の強さだと考えているからなのです。

今まで、ガイ先生からそうした「熱血さ」「アホらしさ」が垣間見えていましたが、このセリフによってそれらは本当に何も考えていないからではなく、実は自分の忍道を貫くためだったのだということに読者は気づきます。

第一話のナルトと同じように、普段明るく振る舞っている人の裏には弱さがあるのです。

なんでもかんでも、うまくいくわけではない。
さまざまな理不尽を抱えて、なおかつ明るく振る舞える強さ。

それが垣間見えた瞬間に、熱いものが込み上げてくるのです。

まとめ

「NARUTO-ナルト-」の3つの感動パターンいかがだったでしょうか?
王道だと言っても侮ってはなりませんね。

これらのパターンをまとめて感動の掟を導き出すと、

「◯◯だと思っていたのに、実は△△だと気づいた!」を作り出すこと

ということになるのです。

皆さんも小説や漫画のシナリオ作成のとき、「◯◯」や「△△」に当てはまるものを考えて、参考にしてみてはいかがでしょうか?

「◯◯だと思っていたのに、実は△△だと気づいた!」を作り出すこと

そのギャップが大きければ大きいほど感動が大きくなる。

ABOUT ME
ちゃちゃまる
チャチャタメの管理人です。