オリジナル小説

【フリー小説】毒酒 #6

毒酒

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ひとり、社長室の窓際に立って外を眺めていた。
人が働き蟻のように、わらわらと地面を這っているのが見えて、思わずその顔がにやける。

「……どうだ? 計画は順調か?」

後ろを振り向かずに言った。

「ええ、今のところ順調でございます」

艶やかで麗しき女性はその場を微動だにせず、淡々とした口調で答える。

「……異分子はじっくり消していかんとな」

手のひらを掲げ、窓越しにそれを握りつぶした。

卓はライターで線香に火をつけ、前に立てた。
独特の落ち着いた香りが漂い始める。

一歩引いて、「去戸家ノ墓」と書かれた石碑の前にそっと手を合わす。
隣で鼻をすする音。
麻衣はすでに目を閉じて祈っていた。

「お父さん……」

麻衣の父、去戸龍二は二年前に亡くなった。
アルコール性肝炎。
日々の飲み過ぎが原因だったそうだ。
卓はそれ以来、アルコールを避けるようになった。

龍二の命日だった。
残業続きで忙しかったものの、この日だけは有給を取っていた。

麻衣の隣を見る。
龍二の妻、去戸凛が静かに手を合わせていた。

親しき者はいつか、死ぬ。
そして、自分も。

龍二は周りを明るくする天才だった。
初めてあいさつしにいったときも、他人とは思えないほど息があった。
決して健康な人生とはいえないが、思いのまま生きる人生というのも悪くないのかもしれない。
彼には人間らしさが感じられた。
自由でいい、気ままでいい、好きなようにすればいい、そういう希望を持たせてくれた。

オレも、大切な人に希望を託して死にたい。

手を合わせて願う麻衣を見つめながら、そう胸に誓った。

「今日は向こうに泊まらなくてよかったのか?」
「まあ、近いからね。いつでも会えるし」
「それはそうだが……」

二人は帰りの電車に揺られていた。
麻衣の実家の最寄駅は電車で小一時間くらい。
そこから車で三十分くらいかかる。

「あっ!」
「どうした?」
「財布、そろそろ買ってもらわなくちゃ」
「ああ、そうだったな」
「いつにする?」
「そうだな……来週の日曜日でいいか? 麻衣の誕生日を少し過ぎてしまうが」
「おっけー。ヒマだし、いつでもいいよ」
「じゃあ、よろしく」

麻衣は専業主婦だった。
しかし、全く稼ぎがないわけではなく、ライターとしてお小遣いをもらっていた。
いわゆる、クラウドソーシングというやつだ。
家計管理も彼女がやっていた。

「ふう。我が家はやっぱり恋しいですなあ」

帰宅した麻衣は、ソファにぐったりと倒れた。
思わず笑いがあふれる。

「オレ、シャワー浴びてくるよ」

卓は郵便受けに入っていた封筒をテーブルに置くと、風呂場へ向かった。

封筒には送り主も何も書かれていない。

どうせ、ろくでもない勧誘とかだろう。
そう思っていた。

卓が風呂場で服を脱いでいると、

「ねえ! ちょっと!」

麻衣の叫びが聞こえた。

何事だ?

廊下を駆ける音が聞こえたかと思うと、引き戸が思い切り開けられた。
がん、と勢い余った扉が反対側に当たる。

麻衣は肩で息をしていた。
卓は呆然とする。

「ど、どうし  
「これっ! どういうこと!?」

顔面スレスレに写真を掲げた。
思わずのけぞり、それを見た。

その瞬間、悪寒が背筋を伝うのを感じた。

麻衣からその写真を奪い取る。

「これは……!」

写っていたのは男女、卓と中川だった。
中川とその肩にかつがれた卓が、二人でマンションに入っていく様子。

「その人、だれ?」

すっと、血の気が引いた。
とっさに口を開く。

「ええと……この人は、中川さんと言って、社長の秘書で、食事に誘われたんだ」
「ふうん……二人きりで食事……ね」
「いや、向こうから誘ってきた」
「二人きりは否定しないんだ……」
「う……」
「……」

麻衣の顔に影が落ちた。
卓の手からすっと写真を抜き取ると、リビングの方へ向かう。

くそ、誰の仕業だ!
こんなことして一体何になる!?

歯ぎしりをして、その後を追いかける。
その後、彼は一晩かけて彼女に事態を説明するはめになった。

ABOUT ME
ぱっちー
自己啓発書大好きSIer(週2、3冊は読みます)。 毎日を良くするための研究を続けて早3年。 自分の自己啓発書を出版するのが夢。 感謝と恩返しの気持ちをいつも胸に。