老人は目を覚ました。窓からは、薄い橙色の光が差し込んでいる。夕暮れのようだ。
「こんな時間に目が覚めるなんて、珍しいことがあるもんだ」
身を起こし、あたりを見回した。だだっ広い古風な部屋であった。中央に机があり、その後ろの壁一面には、本がこれでもかと詰められていた。そのとき老人ははたと気づいた。壁の片隅に、見慣れないロボットが置いてあったのだ。
機械は二つ並んであって、一つは見るからに人型のロボット、もう一つは、人が一人立って入れるくらいのプラスチック製のカプセルだった。
老人は、シーツをくしゃくしゃにしながらベットを飛び出し、ロボットの側に近づいてみた。よく見たところ、既視感を覚えた。どうやら、こいつらのことをもともと知っていたらしい。しかし、どうやってここへ来たのか、どうやって使われるのかは、すっぽりと記憶から抜け落ちているようだった。
老人は歯がゆくなり、本棚のもとへ向かって、あさりはじめた。何か、説明書なるものがあるかもしれないと考えたからだった。ほこりが溜まった分厚いノートを引っ張り出し、目を通してはぶっきらぼうに投げ捨てた。夜がふけた頃には、床にノートの山ができていた。
そしてついに、小さいメモ帳が見つけることができた。それは説明書ではなく、ロボットについて書かれた手記だった。手記には、このようなことが書いてあった。
「ついに、完成した。この日を、どれほど待ちわびていただろうか。これによって、あのいまいましい悩みから解放される」
「悩みとは、なんだろうか。そういえば、最近物忘れがひどかったから、きっとそれに違いない。ロボットのことを忘れていたのは、一回じゃ効果が薄かったのだろう。」
老人は安心した。ロボットは自分で作ったらしい。しかもカプセルに入り、中のボタンを押すだけで、物忘れを治すことができるという画期的な代物だ。隣のロボットは、何かあった時に手助けをしてくれるために違いない。
そうと決まれば、すぐに試したくなった。重度の物忘れは、簡単に治らない。何回も何回も使ってこそ意味がある。老人はさっそくカプセルに入り、ボタンを押した。
すると、カプセルの扉はゆっくりとしまり、辺りは甘い香りがする白い煙でいっぱいになった。
「この煙が、頭に効くに違いない」
老人はわくわくしていたが、次第にうとうとに変わり、ついには眠ってしまった。
しばらくすると、カプセルの横で固まっていたロボットが静かに動きはじめた。ロボットは眠っている老人をカプセルから出して腕に抱え、そのままベッドへ運び布団をやさしくかけた。また今度は床に散らかった、ぐちゃぐちゃのノートの山の前に立ち、丁寧にノートを本棚へ片付けた。
そうやってロボットは、部屋をきれいに片付けたかと思うと、もといたカプセルの隣へ戻り、部屋の電気をそっと消したのであった。
【フリー小説】物忘れ
ぱっちー
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